音楽愛に満ちた至上のステージ。椎名林檎の『“林檎博’14 -年女の逆襲-”』完全レポ
椎名林檎 | 2015.01.05
椎名林檎の15周年の流れは、どれも素晴らしいプロジェクトばかりだった。渋谷オーチャードホールで開催されたライブ“椎名林檎 十五周年 党大会 平成二十五年神山町大会”や、提供楽曲をセルフカバーしたアルバム『逆輸入~港湾局~』。15周年を経た今年11月にリリースしたオリジナル・アルバム『日出処』など、破竹の勢いでその才能を全開にした。その締めくくりとして、“林檎博’14 -年女の逆襲-”があるとすれば、心してかからなければならない。
前回の林檎博は10周年の時で、同じさいたまスーパーアリーナで行なわれた。その際は、バックに総勢65名編成のバンドと管弦楽団を従えて、ライブというよりは“リサイタル”といった趣きだった。さて、今回はどんな趣向が待っているのだろうか。
暗転になって、ステージを覆っていた白いスクリーンが切って落とされると、ステージは2階建て構造。1階にはバンドが、2階にはストリングスとブラス・セクションがいた。総勢35名の大編成。林檎は歌いながら登場。ステージ後方から、舟型のセットに乗って、レーザーの海を滑るように渡っての入場だ。赤、青、黄色のトライバルなマントをまとい、羽根と骨の帽子をかぶった林檎は、まるで黄泉の国へ向かうエジプトの旅人のように見える。彼女はオーディエンスをどこの国へ連れて行こうというのだろうか。度肝を抜かれた観客は、かたずを飲んで立ち尽くす。主導権は、完全に林檎の手の内に落ちた。
3曲目「赤道を越えたら」でラテンロックのリズムが聴こえてきたところで、オープニングの張りつめた空気から解放されて、ようやくひと息つく。前回の林檎博が“静”だとしたら、今回は“動”。ありとあらゆる手段を使って、林檎は五感を刺激する。 みどりんが官能的なグルーヴを繰り出す。トロンボーンの名手・村田陽一が切れのいいソロを取る。背後のスクリーンでは、最新技術を駆使したVJが展開される。一瞬たりとも、目と耳が離せない。林檎自身はタンバリンを鳴らしながら歌い、その声に寄り添う浮雲のコーラスが効いている。浮雲はギタリストとしても有能だが、今回はボーカリストとしても大フィー チャーされている。とにかくステージにいる全員が、林檎の目指すエンターテイメントの実現に、全力で立ち向かっているのが印象的だ。
林檎がギターを掻き鳴らしながら始まった「やっつけ仕事」、オフホワイトのシルクチュールのロングドレスに着替えた「遭難」、女性ダンサー2人が艶やかに踊る「JL005便で」、ビジョンに 映るピアノとバイオリンが炎に包まれる「Between today & tomorrow」など、人間の至上の音楽表現とテクノロジーの最先端が一丸となって、特別な時間と空間を創出する。MCなし、ノンストップで進行するこのショーに圧倒されるばかりだ。
終演後、コンダクター&バイオリンの斎藤ネコさんが、「ぶっ続けの構成なので、大変。このメンバーじゃなければできないし、でもみんな楽しんでやってます」と、この緊張と歓びが同居するライブのことを語ってくれた。
最近、派手な舞台演出に頼り、ろくに演奏もしないで“ファンタジックなライブ”を標榜する若手グループがいるが、林檎の音楽愛と人間愛に満ちたステージは、それとは完全に一線を画する。知力と努力と才能をもって到達する“ファンタジー“は、目を閉じていても、耳をふさいでいても、いやおうなく感動を呼び起こすパワーがある。
ニューアルバム『日出処』からの曲をうまく散らしながら、 聴かせどころを心得たライブが進む。シングルヒットをほとんど演奏しないのに、オーディエンスをぐいぐい引っ張っていく。決めどころで「NIPPON」や「自由へ道連れ」が爆発的な効果をもたらし、「流行」や「主演の女」でアグレッシブなパフォーマンスの中にもキュートな魅力を潜ませる離れ業をやってのける。
クライマックスの「静かなる逆襲」で、林檎は胸元も露わなレオタード姿。背中にペガサスを彷彿とさせる羽根を装着する。ダンサー2人は頭に鋭い角を一本立てて、まるでユニコーン(一角獣)だ。オープニングのエジプトから、ラストのギリシャへと、神話の世界に遊んでみせたかのようだった。
アンコールで林檎は、ようやく口を開いた。
「ようこそ、林檎博へ。お話もせんと、やってしまいました。 だって、どんどん致したくなってしまうような皆さんだったんですもの」と、MCなしを笑顔で詫びて「ありきたりな女」で締めた。怒涛の110分、あっという間のライブだった。
スリリングなライブの余韻にひたりながら、帰宅してテレビをつけると、ちょうど林檎と作家の西加奈子が対談をしていた。「日本はロリコン文化。そろそろ裏方に回りたい」と語る林檎。成熟しないこと をよしとするアーティストとリスナーに、苛立ちを隠さない。そのとき僕は、さっき観たライブを思い返していた。林檎は15周年ライブを、徹底的に“成熟”で貫いた。スタッフもミュージシャンも、表現したいものに集中し、誰も見たことのない世界を表出していた。ポップな大人であろうとする椎名林檎は、この国の音楽シーンでは孤高にならざるを得ないのかもしれない。それでも、まだ裏方に回って欲しくないと願うばかりだ。
【取材・文:平山雄一】
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リリース情報
日出処(初回限定盤A)[CD+Blu-ray]
2014年11月05日
ユニバーサル ミュージック
1. 静かなる逆襲
2. 自由へ道連れ
3. 走れゎナンバー
4. 赤道を越えたら
5. JL005便で
6. ちちんぷいぷい
7. 今
8. いろはにほへと
9. ありきたりな女
10. カーネーション
11. 孤独のあかつき(信猫版)
12. NIPPON
13. ありあまる富
[初回限定盤特典DVD、Blu-ray Disc共]
ミュージック・ビデオ全6曲収録
「ありあまる富」「カーネーション」「自由へ道連れ」「いろはにほへと」「NIPPON」「ありきたりな女」
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セットリスト
林檎博’14 -年女の逆襲-
2014.11.29@さいたまスーパーアリーナ
- 今
- 葬列
- 赤道を越えたら
- 都合のいい身体
- やっつけ仕事
- 走れゎナンバー
- 渦中の女
- 遭難
- JL005便で
- 私の愛するひと
- 禁じられた遊び
- 暗夜の心中立て
- Between today & tomorrow
- 決定的三分間
- 能動的三分間
- ちちんぷいぷい
- 密偵物語
- 殺し屋危機一髪
- 望遠鏡の外の景色
- 最果てが見たい
- NIPPON
- 自由へ道連れ
- 流行
- 主演の女
- 静かなる逆襲
- マヤカシ優男
- ありきたりな女