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クリープハイプ “一つじゃつまらないから、せめて二つくらい やろう”ツアー、NHKホールをレポート

クリープハイプ | 2015.05.22

 昨年、クリープハイプは、自ら望んで初のホールツアーに挑 んだ。それまでクリープハイプは、ライブハウスでのエキセントリックでハイスピードなライブを身上としてきた。しかし、尾崎世界観の歌詞 をしっかり伝え、彼の書くメロディの良さを届けるためには、椅子のあるホールでのライブの方がいい場合もある。言葉が大事な武器になって いるバンドだけに、このトライは注目を集め、チケットはすぐにソールドアウトした。

 そして、ツアーの立ち上がりこそ「自由に楽しんでください」とオーディエンスを気遣ってい たが、初めてクリープハイプのライブを観る人が多かったこともあって、結果、ホールでのライブは大好評を博したのだった。彼らがそこで得たのは、“聴かせるライブ”への確かな手応えだった。

 そして今年の“一つじゃつまらないから、せめて二つくらい やろう”ツアーは、前編がライブハウス、後編がホールの2本立て。彼らの昨年からのチャレンジの真価を問う内容となった。

 まず前編では、伸び伸びとプレイするクリープハイプがい た。まるで“大リーグ養成ギブスを外された星飛雄馬“のように(って、いつの時代だよ)、ホール仕様でかけていた負荷が外されて、前以上にパワフルでスピーディなパフォーマンスが展開された。

 前編を成功させて、後編の2度目のホール・ツアーに入る と、その成長ぶりは目に見えて明らかになった。ファイナルの長野を残すのみとなった最終盤のNHKホー ルには、昨年とは明らかに違う4人がそこにいた。

 1曲目「HE IS MINE」は、ツアー後編の一つのテーマになっているシーンがある。歌の途中で尾崎は言う。「会っていきなりこ んなことを言わせるのはどうかと思いますが、精一杯よろしくお願いします」。彼らのライブでのお約束、「セックスしよう」の大コールが起 こる。それも、みんなが笑顔で叫ぶのだ。

 かつて80年代のセックスシンボル“プリンス”は、初めてのホール・ライブで観客に向かって「I hate you!」と叫んだ。あまりにユニークな曲を発表してきたプリンスは、ずっとシーンに受け入れられなかった。初のホー ルは、ブレイクの兆しが出てきた頃のことだった。ある意味、怖いモノ見たさで集まったオーディエンスに、プリンスは真剣に「I hate you!」=“お前なんか、大嫌いだ”と毒づいたのだった。言われた観客も、プリンスの激しい憎しみにシーンとなった。やがてその言葉は、プリンスのトレードマークになっていく。「パープルレイン」が大ヒット した後、プリンスが「I hate you!」と叫ぶと、観客たちは待ってましたと大喜びするようになった。プリンス自身も、それを楽しんでいる様子だった。

 僕は今回のツアーでオーディエンスが「セックスしよう」と喜んで叫ぶたびに、プリンスのことを思い出していた。まだ小さなライブハウスでクリープハイプがやっていた頃、この言葉はバンドへの秘密めいた共感を込めながら、ある種の恥ずかしさを伴って叫ばれていた。しかし、今回のツアーは違った。普通なら人前では絶対に言わない言葉 を、堂々と叫ぶファンたち。もしかしたら男の子も女の子も、この大人が顔をしかめるセリフを言いたいがために、ライブに足を運んでくるのではないかと思うほどだった。

 尾崎は、きっとプリンスと同じような心境になっているのではないかと思う。クリープハイプには、心がヒリヒリするような歌が多い。ちっぽけな自分や、情けない生活や、うまくいかない恋愛を赤裸々に描いてきた。それこそ彼らの作品は、みんなでシンガロングする歌の対極にある。だが昨年、そうした歌が大勢に受け入れられた。その象徴 が「セックスしよう」ならば、ホールでそれを叫ぶのは今回のツアーの大きなエポックとなる。今回、初めて行った場所はもちろん、最大級の ホールの一つであるNHKホールで、尾崎はそれを完全に果たした。それは「社会の 窓」で本気で世間に噛みついた尾崎の、もう一つの顔になった。

 その歌から始まったライブは、曲を追うごとにバンドの進化を顕わしていく。5曲目「本当」では、小川幸慈のギターのイントロが美しく響く。その繊細な音色とフレージングは、尾崎楽曲の魅力の一部 になり切っている。6曲目「喋る」では、小泉拓のちょっと跳ねるリズムのニュアンスがたまらなく良い。続く7曲目「のっぺらぼう」は長谷川カオナシの作詞作曲で、カオナシの柔らかなボーカルは尾崎と好対照をなしていて、このバンドの音楽の幅を確実に広げていた。

 そんなカオナシが「美しい通り雨の歌を、よろしくお願いし ます」と紹介して尾崎が歌う「チロルとポルノ」は、初期の名作。いちリスナーとしてこの曲を聴き、後にメンバーとなるカオナシのコメント は、このバンドのメンバー間の関係の充実を物語っていて興味深かった。

 その後でニューシングル「愛の点滅」を歌う前に、尾崎が 言った。「新曲がツアー中にリリースされて、それをライブで歌えるのが嬉しい」。尾崎は自分の最新作を、コアなファンにすぐに届けられる 幸せを噛みしめていた。そんなアーティストとファンの関係もまた、このツアー後編で強められていったのだった。

「大きな場所に、いっぱい来てくれて、幸せを感じながらツアーをやってきました。俺はこれからいろんなことを忘れていくと思うけど、その度に思い出していくつもりです。だからもしみんなが俺たちのことを忘れそうになったら、ライブに来てください。どうしようもない頃の、どうしようもない歌を最後に歌います。卒業アルバムみたいで、恥ずかしいけど」と尾崎は廃盤になった「ねがいり」を本編のラストに歌った。ステージの背後からライトが当たり、メンバーの表情はほとんど見えない。それは尾崎が言うように、恥ずかしい歌にピッタリの演出だった。そしてそれは、ホールでなければできない演出だった。

 このツアーで、“ホールのクリープハイプ”は確立した。特にこの日は、2日連続公演の2日目のせいか、メンバーの肩の力が抜けていて、このバンドの実力が過不足なく発揮されていた。

 一度、ライブハウスをはさんだ今回のホール・ツアーは、メンバーがステージ上にいながら自 分を客観的に見れる能力を与えたようだ。それはホールでパフォーマンスをする者にとって、いちばん必要な能力でもある。さて、クリープハイプは次にどんなステージに上がるのか。楽しみは尽きない。

【取材・文:平山雄一】
【撮影:神藤 剛】

tag一覧 アルバム 男性ボーカル クリープハイプ

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