レビュー
クリープハイプ | 2018.09.26
2018年5月に行われた2度目の日本武道館公演で尾崎世界観は「クリープハイプは世の中が“なかったことにしていること"を歌っていきます」と話した。それはつまり、誰にでも言えなくて、誰にも認められていないけれど、それぞれの人の心のなかで渦巻く切実な思いを曲として表現し、“なんだよ、これ、俺のことじゃないか"と思わせてしまう。まるで太宰治の小説のように、受け取り手に“この作品は自分と関係がある"と感じさせることがクリープハイプの最大の特徴であり、それがもっとも強く前景化されているのが、ニューアルバム『泣きたくなるほど嬉しい日々に』である。
前作『世界観』以降、「イト」(映画「帝一の國」主題歌)、「栞」(FM802 × TSUTAYA ACCESS! キャンペーンソング)、「おばけでいいからはやくきて」(NHK「みんなのうた」2月・3月のうた)といった楽曲を次々と発表してきた彼ら。さらに新曲9曲を加えた(全14曲)本作は、前述したバンドの本質を強く押し出しつつ、ポップフィールドにアプローチできる間口の広さを備えた充実作に仕上がっている。
どの曲にグッとくるかは、リスナー(の心理状態)によっても異なると思うが、個人的にまず印象に残ったのは「今今ここに君とあたし」だった。爆発的な疾走感を放つバンドサウンド、鋭利な言葉を矢継ぎ早に撃ちまくるような歌――つまりクリープハイプの得意技のひとつ――によって描かれるのは、クリープハイプという“変なバンド"の軌跡そのものだ。おいしい話に乗れそうで乗れず(乗らず)、悩み、葛藤しながらも、自分たちの道を探り続けきた彼ら。その生き様は、単にバンドのストーリーだけに収まらず、どんな状況になっても迷い、不安を抱えながら生きざるを得ない我々の心を強く揺さぶる。個人的な体験に根差しながら、誰もが共感できる普遍的な歌へと昇華させた名曲だと思う。
アルバムの最後に収録された弾き語りの楽曲「ゆっくり行こう」も強く心に残った。どんなにイライラしても、孤独を感じたとしても、すべてがすぐ解決することはなく、日常は変わらずに進んでいく。そのことを踏まえたうえで、“そんなに焦るなよ ゆっくり行こう"と語りかけるこの曲は、いまの尾崎世界観のスタンスがわかりやすく表れている。怒りやイラつきをぶつけるのではなく、現状を受け入れ、きっとどこかにあるはずの光に向かって歩いていく――その切実な前向きさこそが、本作『泣きたくなるほど嬉しい日々に』の魅力なのだ。
【文:森 朋之】
リリース情報
泣きたくなるほど嬉しい日々に
発売日: 2018年09月26日
価格: ¥ 2,750(本体)+税
レーベル: ユニバーサルシグマ
収録曲
1. 蛍の光
2. 今今ここに君とあたし
3. 栞
4. おばけでいいからはやくきて
5. イト
6. お引っ越し
7. 陽