黒木渚 東京国際フォーラム『ふざけんな世界、ふざけろよ』ツアーファイナル
黒木渚 | 2016.06.13
「この会場に入った瞬間から、あなたは現実から切り離されています。あなたのやり方で、一生ぶんの“ふざけんな”を叫んでください。できる?」
まだ1曲も歌う前から、いきなりの挑発に思わずニヤリ。すかさず湧き上がる歓声と拍手、あまりの大きさに思わずびっくり。6月3日午後7時40分、東京国際フォーラム ホールC、『ふざけんな世界、ふざけろよ』ツアーファイナル。白のヒールサンダル、パッチワーク風のキュートな服で現れた黒木渚は、晴れやかな満面の笑顔。“全力で盛り上がって帰ってね!”と、1曲目「大予言」を歌いだす。さらにスピードを上げ、「テーマ」「革命」と、強く生きる女を描くパワフルな曲を立て続けに。歌い、拳をあげる、オーディエンスの反応は驚くほどに熱い。オープニングからのこれほどの熱狂は、前回ツアーのEX THEATER ROPPONGIや、去年の東京グローブ座にはなかった。明らかに、黒木渚を取り巻く空気が変わったことを示す良きシグナル。ゾクゾクするオープニングだ。
4曲目の「枕詞」を分岐点に、ライブの流れはぐっとディープな方向へ。「ウェット」は、恋愛のもつれで死んだ地縛霊の心境を歌う極めてユニークな曲だが、真っ赤な照明のもと、夢遊病のように歩き、狂気を演じながら歌うパフォーマンスと、妙に明るいサウンドとのギャップが怖い。「プラナリア」も、脳内に狂気を宿す実に怖い曲だが、サビの♪だーめーだーめー、をコール&レスポンスにして盛り上がってしまう、このポジティヴなシュールさ。恋愛崩壊のまさにその瞬間を劇的に描く「ふりだし」の前には、なぜか“カイワレ”が主人公のセリフが流される。アングラ芝居のように演劇的で、ポストモダンのように文学的で、ダークなのに妙に陽性でもある黒木渚の世界。すさまじい吸引力だ。
「エジソン」は、暴発する官能と知性をロマンティックに描く迫力あるラブソング。着替えを終えた渚は、白のジャケットとミニスカート。ベース宮川トモユキ(HiGE)、キーボード田畠幸良、ギター井手上誠、そしてドラム柏倉隆史。鉄壁のバンドが生み出す大きなうねりに身を任せた、豊かな表現力溢れる歌が素晴らしい。さらに素晴らしかったのは「おんな・おとこ・おんな」だ。レトロな歌謡曲ふうの曲調も、ひらがな三文字と四文字だけで構成された、泥沼の三角関係を描く実験的歌詞も、現在のポップシーンには類を見ないもので、何もかもがインパクト大。ステージ後方のオブジェに歌詞を投影する、シンプルかつ効果的な演出もぴったりはまった。
「懺悔録」のあとは再び“カイワレの独白”。渚の一人二役で物語が進み、“私たち、似た者同士ひとつになろう”というセリフに合わせて「カイワレ」のイントロが始まる、このあたりの演出は極めて演劇的だ。カイワレのようにささやかで、つつましく生きるものに愛を注ぐ牧歌的なバラードに、キーボードが奏でるアコーディオンの音色と、スクリーンに投影されるレトロな人形芝居の映像がよく似合う。渚のふんわりとシルキーな青いドレスが、水中を泳ぐクリオネみたいにひらひら揺れる。
「あなたがくれる時間を紡いで、私は人生を作っています。大衆ではなく、一対一で、あなたに届くことを思って、私は歌を作っています。」
「はさみ」という曲は、どこかにバンド時代の黒木渚の残り香のような、触れれば痛いオルタナティヴで尖ったロックバラードの印象があったのだが、この日の「はさみ」は違った。原曲よりもややスローに奏でられた、シンプルで力強い演奏の中にも、渚の声の中にも、大きな優しさと愛しかなかった。曲紹介を兼ねた詩の朗読、その後に歌われた「アーモンド」も、孤独を抱えて生きるものを大きく包み込む、愛に溢れた歌だ。あまりのまぶしさに目を細めてしまったのは、強烈なバックライトのせいだけじゃない。渚の歌は明らかに成長している。
「まだまだ余力あるか東京!」と叫ぶ、それはここからエンディングへ向けて飛ばしていくぞというゴーサイン。柏倉のスーパードラムがぐいぐい引っ張る「君が私をダメにする」、そしていよいよこのツアーのテーマ曲「ふざけんな世界、ふざけろよ」の登場だ。バンドのグルーヴに乗り、この曲に込めた思いを熱烈にまくしたてる渚。「私は世界で一番好きなことを仕事にしてる。それでも人生はピンチの連続。だから私は笑う。思い切り叫んでやる。人生はコメディーだ。」合言葉は“チクショーチクショーふざけんな”。オーディエンス全員のコーラスを受けて、ステージいっぱいに駆け回り歌う渚。“ありがとう、最高のチクショーだったよ!”と、満開の花のように笑う渚。本編ラストは、ギターをかき鳴らしながら歌う「虎視眈々と淡々と」。この曲で確立した強い女としての黒木渚は、「ふざけんな世界、ふざけろよ」でさらに一歩先へ進んだ。もはや現実と創作、人生とパフォーマンスの間に差異はない。人生はコメディーだと喝破した、彼女の行く手をはばむものは何もない。抑圧された思いや行き場のない感情を、マイナスから一気にプラスに変換する音楽の力。それが黒木渚の歌の力。
アンコール。渚はツアーTシャツにデニムの短パン。たばちゃんこと田畠幸良のピアノだけをバックに歌った新曲「灯台」は、7月2日公開の映画『全員、片想い』の主題歌だ。何の遠慮も飾りもない、J-POPシーンのど真ん中を撃ち抜くストレートなラブバラード。これが黒木渚の新しい挑戦だ。ラストは「あたしの心臓あげる」「骨」と、黒木渚の原点となる名曲2連発。最後の最後、バンドが入るタイミングをわざと外し、じらしながらエンディングを盛り上げる渚に、明るい笑い声が降り注ぐ。こんな余裕も、今までのライブにはなかった。終演後、湧き上がった拍手と歓声はオープニングのそれよりもさらに大きく、熱烈なものだった。
この日、渚はMCで何度も繰り返し“感謝します”と言った。本編ラストのMCでは、“私をここに連れてきてくれてありがとう”と言ってから、“でももっと広い場所に連れて行ってね”と、茶目っ気あるセリフで笑いを誘った。もっと広いステージに立つ渚の姿がはっきりイメージできる。今、渚の背中には強烈な追い風が吹き始めている。どこまで遠く、どこまで高く飛べるか。このツアーはきっと、間違いなく、黒木渚の新しいターニングポイントになる。
【取材・文:宮本英夫】
【撮影:千葉顕弥】
リリース情報
ふざけんな世界、ふざけろよ
2016年04月06日
ラストラム・ミュージックエンタテインメント
2. おんな・おとこ・おんな
3. カイワレ
4. ふりだし
セットリスト
黒木渚 ONEMAN TOUR 2016 SPRING
『ふざけんな世界、ふざけろよ』
2016.6.3@東京国際フォーラム ホールC
- 1.大予言
- 2.テーマ
- 3.革命
- 4.枕詞
- 5.ウエット
- 6.プラナリア
- 7.ふりだし
- 8.エジソン
- 9.おんな・おとこ・おんな
- 10.懺悔録
- 11.カイワレ
- 12.はさみ
- 13.アーモンド
- 14.君が私をダメにする
- 15.ふざけんな世界、ふざけろよ
- 16.虎視眈々と淡々と
- 17.灯台
- 18.あたしの心臓あげる
- 19.骨
お知らせ
Reborn-Art Festival × ap bank fes 2016
2016/07/30(土) 宮城県石巻港雲雀野埠頭
黒木渚 SPECIAL ONEMAN LIVE(仮)
2016/08/21(日) Billboard LIVE OSAKA
2016/08/27(土) Billboard LIVE TOKYO
RISING SUN ROCK FESTIVAL 2016 in EZO
2016/09/13(火) 石狩湾新港樽川ふ頭横 野外特設ステージ
※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。