阿部真央の作品に出会った時のことを思い出す。
ショックだった。
どうしてここまで、包み隠さず“女性として歌うこと”ができるのだろうか、と思ったからである。彼女の歌に同性として衝撃を受けたのだ。
その後、いいペースでリリースする彼女の作品を聴き、作品毎にグレードアップする楽曲クオリティーにも毎度しびれたが、いつも必ず、強く思うことがあった──彼女は、女性である自分と、どう向き合っているのか。どうして毎回、こんなに真正面で向き合うことができるのか。このエネルギーの源は何だろう。勇気か。度胸か。我慢か。開き直りか。じつは、超天然なのか。
今回、初めて彼女と会った。
彼女はある方法で、女性である自分と向き合っていた。
それは、対峙する自分から絶対に逃げられない「肯定」という手段だった。
私自身、長い年月、女性である自分に対して「否定」と「肯定」を繰り返して来た。今でも逡巡するし、諦めて全部受け入れようと思うこともある。実際、そうしてきた部分もたくさんある。諦めて「肯定」から逃げた瞬間も多々あった。
彼女に会って思った。
彼女の中には、この“諦め”が存在していないのではなかろうか、と。だから彼女の作りだす作品は、切実なのだろう、それが彼女のリアリティーなのだろう、と。
阿部真央、5枚目のアルバム『貴方を好きな私』が完成した。どんな話題になっても、ちょっと女子トークに脱線しても、最後は作品の話につながるあたり、
阿部真央というアーティストの真髄だ。
EMTG:シングル「貴方が好きな私」も含めて、このアルバム制作でスタートラインとなったものは?
阿部:自分自身も女性なので、女性が感じるような複雑な気持ちを切り取れるアーティストになりたいな、と。今年の初めにスタッフと話したのがきっかけでしたね。
EMTG:女性の複雑な気持ちは、これまでも十分、作品から感じられました。そこをもっと……と思った?
阿部:そうです。これまでより、もっと。年齢を重ねないと感じられないことがあると思っていて。例えば母性とかって、徐々に育っていくものだと思うし。そういう変わっていく部分も含めて、複雑なものを切り取ることをテーマにしたいと思ったんです。
EMTG:阿部さんの中での“女性の複雑な気持ち”をもっと具体的に言うと?
阿部:女性に生まれたからこそ持つ特有の感情だと思いますね。女性って、少女から始まって、女性になって、妻になり、母親になる時に自分の体で子供を育ててって段階を踏むじゃないですか。男性みたいにバイオリズムも安定してないですし、1か月の間にも浮き沈みがあったりする。そういうのも、私はいいなと思っていて。そこに加えて、女性のほうが意外と腹黒かったりとか(笑)、したたかだったりとかもして。だから女性の方が複雑だなと思うんですよね。
EMTG:もともと複雑、だから感情も複雑になるということですよね。その視点というか、観察眼がすごいな。
阿部:いやいや(笑)。自分もやっぱり女性として生きてきて、デビューしたのが18、19歳。今が23歳なんですけど、ちょうど「女の子」からだんだん「女性」になっていく期間で。体も心もバランスをとりながら年を重ねてきたら、自分の中でいつの間にか育ってた……例えば、よりひねくれた面とか、より優しい面とか、母性だったりに気がついたんですね。そういう「女性」性を生きているんだなって思ったというか。
EMTG:「女性」性の人生の中での変化ですね。
阿部:そう。すごく感じるので、面白いなと思うんですよね。まぁ、そこに気づきすぎちゃうとこも女性的だと思うんですけど。それが苦しい時もあれば、逆にそれが自分とか他の人を助けることもある。だから私は女性に生まれて良かったと思うし。取材をしていただいたり、ラジオに出していただいてる中で、よく男性の方から「男にはわからないことなんですよ」って言われますけど、そうだろうなぁと思いますし、ずっと男性には理解されないままでいいんじゃないかなって(笑)。
EMTG:はははは(笑)。言いきりましたね。
阿部:(笑)でも結局、たぶん、私も男性の気持ちを100%はわからないので。だからおあいこかなあ。そういうふうに思えるようになったのも大人になったなあ、と。そういう「女性」性の年を重ねて感じていく中で、情緒が育った感じがするのが今回のアルバム。新しく自分の中に育ってきた女性的な感情とか感覚と、今までのものを引き継いだ部分……例えば激しさとか、そういう複雑なものをアルバムにしようって思ったんですね。それから今回、最初にも言いましたけど、テーマに沿って曲を書くって形が、自分の中ですごく新鮮だったんですよ。それもあって、作っている間、ずっとナチュラルな状態で作ることができました。
EMTG:では、女性視点で曲を書いていく時の楽しさと辛さを教えていただけますか?
阿部:辛さは一切ないですね(きっぱり)。楽しいことのほうが多いです。それこそ複雑なんで、切り取るネタも多いですし。さっき「観察眼が……」っていうお話をしていただいたんですけど、私自身、人を見るポイントが女性的だなと思うんですね。日頃から「この人はこういうクセがあるな」とか、「こういう言い方をするよな」とかを見てるとか。こう……アンテナが結構張ってる感じはするんです。だから、曲を書く上では女性で良かったかなと私は思うんですよ。質問の答えとは、ちょっと逆の言い方になるかもしれないんですけど。
EMTG:女性の感性、女性ならではのアンテナってこと?
阿部:そうですね。
EMTG:わかりました。では、喜怒哀楽の中で、阿部さんが曲を書く時、1番の原動力になっているものは?
阿部:「哀」じゃないですかね。哀しい。最近、よく思うのは、私が曲を書く時にテーマにしてる恋愛においての怒りっていうのは、結果、淋しさから来てるんだな、と。
EMTG:淋しさが怒りになる? んー?????
阿部:こう、なんかありませんか、そういうの?(笑)。例えば、恋人同士でケンカをする時も、「いやいや、1時に帰ってくるって言ったじゃない。どうしてその後に連絡もなしに帰ってきたのが2時半なの」みたいな。「こっちが心配になるでしょ!」って怒るのは、結局、心配してる気持ちと早く会いたいっていう淋しさで、それで私はいつも怒ってるなって思ったんです。だから淋しいとか哀しいっていうが怒りの感情になる。普通に怒った時ももちろんパワーになるんですけど、結果、淋しいって思ってるから、曲を書く上で1番強いのは哀しいパワーなのかなって。
EMTG:今回のアルバムの中で、その淋しさが、これからの阿部さんのテーマになっている曲というと?
阿部:「貴方が好きな私」ですね。あと、私の根本をよく歌ったなと思うのは4曲目の「どこ行った?」かな。辛いんだけど傷つけちゃって、わがまま言って離れちゃうみたいな。淋しさが強く出てるのはそれぐらいですかね。で、結局「貴方が好きな私」もそういう違う自分を演じることで、苦しいわけじゃないですか。この主人公が、なぜ苦しいかって言うと、本当の自分を見てもらえない淋しさなんですよ。自分を理解して欲しい、だから苦しい。ここは淋しさにに通じると思うんです。
EMTG:なるほど。“苦しい”というキーワードが出てきたので伺います。「boyfriend」という曲は《苦しいです》から始まりますよね。サウンドの曲調とは反したイメージの言葉でびっくりしました。この曲の最初に《苦しいです》を置いた理由は?
阿部:やっぱり人を想うことって苦しくないですか?
EMTG:苦しいですね。
阿部:ですよね。
EMTG:はい。だから、むしろ早く寝たい、みたいな。
阿部:そうですよね(笑)。結果が出るまではすごく苦しい。例えば片思いで、相手の気持ちがわらかない時ってすごく苦しい。何かが始まる前って、もう始ったり終わったりしてしまえばいいのにっていう苦しさがあると思うんです。これは私、本当に思っていることなんですけど……! 例えば、片思いが楽しいっておっしゃる方も、結構いらっしゃるじゃないですか。
EMTG:はい。沢山いると思います。そういう恋愛もある。
阿部:ですよね。私には理解できなくて。片思いなんて苦しいだけでしかない。
EMTG:片思いの1番最初から苦しさしかない? 好きになったばかりの時って、妄想モードで、すべての相手の行動をいいように解釈したりして、楽しくないですか?
阿部:全然(笑)。妄想したって、所詮妄想だって私の中の誰かが言うんですね。いや、本当はそうなってないじゃないって。メール返ってきてないし、みたいな。楽しくないですね、もう全然(笑)。好きな人がいるから学校に行くのが楽しいのはあるかもしれないけど。でも話せない時もあるわけじゃないですか。今日は話せなかったってなったら、話せなかった苦しみのほうが大きい。明日また会えるって思えないんですね。なんか、そのへんがネガティヴっていうか。
EMTG:いや、ネガティヴじゃなくて、リアリティ突き詰め過ぎっていう感じですよ。
阿部:あはははは(笑)。そうですか(笑)。
EMTG:話せないことが淋しさになるんだ。
阿部:そうですね。やっぱり好きな相手には好きになってほしいからじゃないですか。自分と同じだけ。そんなの無理なんですけど。それは両想いになったって、好きになるスピードも時期も違うと思うんですけど。だから本能のままに、どうにかしたいから苦しいんですよ。思い通りにならない、だから苦しい。
EMTG:なるほど。では阿部さんが、恋愛をしていて幸せを感じる瞬間は?
阿部:やっぱり付き合ってから。付き合ってからはハッピーですよ。今や、演じることもなくなりましたし。素直に自分が出せる。ああ、でもそれは人によるかな……。すごく優しい人だったら幸せ、みたいな(笑)。
EMTG:そこからハッピーが積み重なっていくっていう。そういう感情も曲になったりしますか?
阿部:たぶんなると思いますね。「愛してる」っていう曲なんかは、私が見ててもマイナスな面があまりないし。ここには相手を許容する気持ちも出てるんですけど、幸せなんだと思うんですよね。こういう曲は、今後も出てくると思いますけど、幸せな恋愛をしてれば(笑)。
EMTG:全国ツアーも始まります。どんなツアーになりそうですか?
阿部:今年やった弾き語りツアーで、若干ですけど自分のヴォーカルへの自信も感じたので。そういうのも含めて、前回よりパワーアップしたライヴができればと思います。
【取材・文:伊藤亜希】