「今、立ち止まれて良かった」――自身と向き合い生まれた「再生」の音楽とは。

Karin. | 2020.08.24

 シンガーソングライター Karin.の2nd EP『知らない言葉を愛せない - ep』が、8月21日にリリースされた。前作『君が生きる街 - ep』のリリースから、わずか3ヵ月。デビュー以降コンスタントに楽曲を生み出し続ける彼女だが、現在進行形で世界的に流行しているコロナウイルスの影響 で活動に大きな影響を受けていることは事実だ。それでもKarin.は「今、立ち止まれて良かった」と話す。自分自身がどう在りたいか?を改めて見つめ直した彼女の思考の深いところまで触れることができる今作について語ってもらった。

――今作はどういった作品にしたいと思っていたんですか?
Karin.:今年の春に予定されていたライブがすべてなくなってしまって、ほとんど動けない状況になったときに、今まで高校を卒業したら音楽で生きていきたいという気持ちはあったのに、それは単なる憧れであって、実際に実現しようとしていなかったことに気づいたんです。それで立ち止まったというか、自分がこれまで何をしてきたかとか、これからどうしていきたいのかということを、自分の中で整理して考えたんです。その時間があったので、今作は「自分と向き合うこと」を表したepになったんじゃないかなと思います。
――ということは、今作の4曲は、すべて自粛期間中に出来た新曲ということですか?
Karin.:高校を卒業して3月中に出来た曲が「知らない言葉を愛せない」「泣き空」「世界線」で、「人生上手に生きられない」は高校時代に作っていた曲ですね。だから「人生上手に生きられない」はちょっと違う雰囲気の歌詞になっていると思います。「知らない言葉を愛せない」は『君が生きる街 - ep』のレコーディング中に作った曲で、ここで初めて「なりたい自分」の想像ができたんです。今まで誰かになることが正解だとは思っていなくとも、そういう対象もいなければ理想の自分も想像できていなかったんですよ。でも、そういう理想の人に、自分はまだなれていないなと思いました。
――Karin.さんがなりたい人って、どういう人なんですか?
Karin.:自分が始めた音楽で、周りの人を巻き込んできたので、そのことに責任を持つ人ですかね。プロとしての自信を持っていることもそうですし、何より自分が思っていることだけを歌にする人ですね。
――なるほど。ご自身の中に「こうしたい」という気持ちが明確に生まれたタイミングなんですね。たしかに今作は、Karin.さんの心のより深いところに触れるような楽曲たちだなと感じました。
Karin.:そうですね。「世界線」なんかは、自分でも「19歳の人間が世界を語っていいのだろうか?」って不安になりましたけどね(笑)。今の世界的な状況もあって、「深読みされてしまったらどうしよう?」と思ったりもします。
――でも、ここでの世界というのは、あくまでKarin.さんを取り巻く生活圏内というミニマムなものですよね。
Karin.:はい。自分が生きる世界線という意味です。
――楽曲が変わりますが、「知らない言葉を愛せない」というタイトルを見て、以前行った『君が生きる街 - ep』のインタビューの中で、Karin.さんがこれまで人からもらった言葉=知っている言葉を使って作詞をしたと仰っていたことを思い出しました(参考記事:新たな居場所を求めて歩き出したKarin.、日々変化する価値観について語る。https://music.fanplus.co.jp/special/202005153037e4429)。そこからは真逆のアプローチですよね?
Karin.:この先長生きしたとしても、自分の人生なのに一生触れることも知ることもできないことがたくさんあって、逆に19年間しか生きていない今の私が知っていることはあまりにも少ないと思ったんです。でも未来のことは言葉にもできないし、そこに愛も責任も持てないんですよね。だから私は、自分がわかっている/知っている言葉をこれからも歌っていきたいと思ったんです。
――知らない物事の中に飛び込んでいきたいというよりも、今自分が持っているものにより強い愛情を注いでいきたいという反語なんですね?
Karin.:そうですね。音楽活動をしているなかで、今は足し算も引き算もしたくないんです。今、目の前に在るものをじっくりと自分のモノにしていきたいし、関わってくれている人たちと共有していきたいという想いが強いですね。
――焦って勇み足になるのではなく、しっかりと現状を見つめていきたいということなんですね。そういった楽曲の中で<音楽に嫌われている>というフレーズが出てきたのには驚きました。繰り返し歌い続ける曲の中に入るワードとしては、かなり強い言葉ですよね。
Karin.:言葉は残酷というか、自分の想いを言葉にしてしまうと逆に薄っぺらくなってしまうけど、歌詞にしないと伝わらないこともたくさんあると思ったんです。でも、そうやって自分の想いを伝えるための手段として「音楽」に乗せていることは、はたして音楽側からしたら喜ばしいことなのか?とふと考えたんです。それで「嫌われている」という言葉を使いました。あと、リーガルリリーの「リッケンバッカー」という曲の中に<おんがくも人をころす>というフレーズがあるんですけど、それに衝撃を受けたと同時に、自分の曲の中にも「嫌い」といった言葉を書けるように背中を押してもらいました。でも、やっぱりそうした言葉の薄情さに気づいたら、曲にすることが怖くなったんです。それをplentyの(江沼)郁弥さんに話したら、「ゆっくり大人になれ」って言われました(笑)。
――大人からの説得力のあるアドバイスですね。高校を卒業されて、今の音楽中心の生活の中でも、弱気になることが多いんですか?
Karin.:私自身、どこにいても自分が主役だと思ったことがないんですよね。バンドメンバーと一緒に演奏していても、「こんなに素晴らしい人たちの中になんで私がいるんだろう?」と思ってしまったり、自分がいる必要性を考えたりしてしまうことがいまだに多いです。でも、笑うように促されることは学生時代に比べるとなくなりましたし、自分が作る音楽に対して「こういう自分でありたい」という意識が芽生えてからは、無理して明るくいる必要もないなと思うようになりました。そもそも私自身は自分がそこまで暗いとは思っていないですし、歌詞に関しても重さを感じることはないんですけどね。
――楽曲を聴いて感じるイメージと、本人が思う自分のイメージが完全に一致することはないですからね。
Karin.:でも昔は有線やラジオから流れる音楽を聴いて、そこからその人のことを調べていたと思うんですけど、最近はSNSで流行りを追ったり、その人のプロフィールを知ったりしたうえで音楽を聴く人が多いと思うんです。だから最近は、そういった人間性というフィルターを外した状態で自分の音楽を聴いてほしいなと思っていて。音楽を聴く人の中には、音源をダウンロードしたりCDを手に入れたりすることが目的だと思っている人もいるかもしれないですけど、少なくとも私にとっては生で演奏するライブが核にあるんです。でも最近は、そのリアル感をショートカットしてしまう人が多いように感じて。音楽を聴いてほしいという気持ちは間違いなくあるし、音楽を聴く瞬間は人それぞれなんですけど、私にとっては音楽がとても大事なものなので、そこに違和感を持つこともあります。
――それは、Karin.さんが音楽で生きるプロとしての意識の芽生えがあったからこそ感じる違和感なんでしょうね。
Karin.:そうなんですかね。今は「19歳のシンガーソングライター」という肩書すらプラスに受け止めてもらえているのかもわからないです。若さを売りにしているわけでもないのになぁと思ったりもしますし、『若いのにたくさん曲があるんだね』みたいに言われても、曲数が年齢に左右されているわけでもないと思うんですよね。
――10代だからこそ見える景色もたしかにあるとは思うけれど、音楽というものはけっしてそれだけを頼りにして続けていることではないはずですからね。でも「泣き空」での描写は、瑞々しさも感じます。個人的には季節柄のこともあって、梅雨をイメージしながら聴いていたのですが、Karin.さんはどういったイメージでこの曲を作られたんですか?
Karin.:これは、plentyの「人との距離のはかりかた」という曲を聴いたときに作った曲です。これを作ったときはずっと家にいたんですけど、外の天気が晴れなのか雨なのかもわからない状態で、ずっと天井を見上げながら作り上げました。あとは、この人になら自分の考えがいちばん伝わると思って郁弥さんにアレンジをしてもらった楽曲なので、すごく貴重な曲ですね。
――おお、ご本人にアレンジをしてもらえるというのはすごくうれしいですね。「人との距離のはかりかた」からインスピレーションを受けつつ、天気というモチーフに落とし込んで歌詞を書いたのはどうしてでしょう?
Karin.:歌詞に出てくる天気と、自分の表情がリンクしているんです。私は写真を撮られるときにまったく笑わないんですけど、「なんで笑わないの?」と聞かれることがあって、そう言われたときに「なんでみんなは笑っているときの私が好きなんだろう?」「なんで暗い私を受け入れてくれないんだろう?」と強く感じたんですよね。それで、そのときに感じた想いを天気に例えました。周りが求めているKarin.という人間に自分がなれていないことに気づいたんですけど、どうしたらいいかわからないし、葛藤はありましたね。
――昔からそういう葛藤はあったんですか?
Karin.:ありましたね。でも、自分の音楽は無理に喋ろうとしなくてもいいし、明るくなろうとしなくてもいいし、自分はこのままでもいいんだなと思えました。例えば「恋愛の曲を書かないんですか?」と聞かれても書こうとは思わないですし、自分のために始めた音楽だから、自分がわかっていることを歌にしようと思えました。この曲に限らず、この4曲は本当に何度も立ち止まっては、自分のことを考えて作りました。
――最初のほうにも話してくれた、今作のキーとなる「立ち止まる」という期間は、改めて振り返るとどういう期間でした?
Karin.:ファーストアルバム『アイデンティティクライシス』をリリースするにあたって初めてプロの方々と出会って、半年後にデビューすることになったんですけど、その間で自分を取り巻く環境が変わりすぎて、アルバムを出す前には「私はもっといい曲を書けるのに!」と思ったんですよ。それで、リリース以降も無我夢中で曲を書き続けて、セカンドアルバム『メランコリックモラトリアム』を出して、『君が生きる街 - ep』を出すまでには、自分が一体何曲書いたのかも、どんな曲があるのかもわからない状態だったんです。そんな状態になって、これまで自分が考えていた、卒業してからやりたい活動や音楽家としての自分のビジョンが曖昧だったなと思ったんです。だから、もしもそういうことを考えられる期間がなかったとしたら、危なかったなと思います。この期間を経ずにライブがあったとしたら、自分という人間が崩れ落ちてしまっていたかもしれないです。でも今は、全部の曲に自信を持って歌えるというか、自分の作っている限りはきちんと考えながら歌っていきたいなと思えていますし、先のことを考えたり過去のことを考えて後悔したりすることをやめて、今の自分のことについてだけを考えていきたいです。
――なるほど。それでもやっぱり「人生上手に生きられない」と思ってしまうんですか?
Karin.:この曲は誰かのことをずっと思っていたけど、それだけだと自分の人生なのに上手く生きていけないなと思って書いた曲です。でも、自分のことを責める人が多くいるかと言ったらそういうわけでもないし、そう思っていたのは自分がずっと下を向いて生きていたからなんだろうなとも思うんです。だから、この曲はネガティブというイメージではなく、「誰かのことを思っていたら、そりゃあ人生上手になんて生きられないよ!」というプラスの想いを込めました。だから明るいメロディーになったんだと思いますし、2コーラス目のサビの最後のギターのソロもクレイジーで楽しくレコーディングできました。
――たしかに、今までのKarin.さんの楽曲にはない曲調になっていますよね。「世界線」については、どうでしょう?
Karin.:これはネットの記事の中で、「何かを成し遂げるうえで大切なことは何だと思いますか?」という問いに対して、ある方が「それは愛だと思います」と答えているのを見て。その記事を読んだときに、愛情があるかどうかを決めるのは自分の主観だけだとは思うけど、じゃあ実際に主観だけで物事を見ている人はどれだけいるんだろう?と考えたんです。そこでもし、人間は主観的な生き物だと全員が認識していれば、争いが終わるはずなのになぁと思って、この曲を作りました。
――すごいことを考えますね……。
Karin.:教習所に通っているときのキャンセル待ちの時間で考えていました(笑)。でも、争いが起きてしまう世界の中でも小さい幸せはたくさんあると思うし、そのうえで争いが終わったあとにはどんな景色が見えるんだろう?と思って。争いというのも、戦争とか大きいものではなくて、例えば口喧嘩だったり、誰かから言われたひと言で1日が変わってしまったり、そういう日常の中にある些細な争いのことです。
――曲の終わり方も、最初のフレーズが最後にくることによって、次の日の朝に続くような終わり方になっていますよね。
Karin.:そうなんです。神様が私たちを平等に作らなかったと思ったり、逆に幸せを感じたりしたとしても、次の日の朝は絶対にやってくるんだということを表現しました。
――最後に、Karin.さんが今作を一言で表すとしたら何でしょう?
Karin.:再生、ですね。立ち止まって考えるなかで、破壊されるものと再生されるものがあることを感じたんです。1秒間の中でも無くなるものもたくさんあるし、生まれるものもたくさんある。その中で、再生された自分が詰め込まれた作品になっていると思います。

【取材・文:峯岸利恵】

tag一覧 Karin. 女性ボーカル

リリース情報

配信リリース「知らない言葉を愛せない - ep」

配信リリース「知らない言葉を愛せない - ep」

2020年08月21日

ユニバーサルミュージックジャパン

01.知らない言葉を愛せない
02.泣き空
03.人生上手に生きられない
04.世界線

このアルバムを購入

お知らせ

■マイ検索ワード

需要
今まで何事も需要がある/ないで考えていて……たとえば中学生の頃に、みんなで一緒に夏祭りに行って「あのかき氷300円だったよ! 食べよ!」って誰かが言っても、それだったらコンビニでアイス買ったほうが安くない?みたいに思っちゃってたんですけど、最近特に、自粛してイベントが全部なくなったことで、自分で苦労かけてまで暑いなかフェスとかお祭りとかいろんなところに行って感じられるもののありがたさをすごく感じて、需要がある/ないで決めつけてたことが、また違うふうに捉えられるようになりました。「これは需要ないからやらなくていいよ」って思うのをやめたので、最近の自分の中のワードとしては「需要」ですかね。



■配信リンク
https://karin.lnk.to/ShiranaikotobawoAisenai_ep



■ライブ情報

「ARABAKI ROCK FEST.20×21」
2021/04/29(木・祝)~05/02(日)宮城 みちのく公園北地区 エコキャンプみちのく

トップに戻る