「元気に死んでほしい」――安藤裕子、明日を生きるための救済の歌たち
安藤裕子 | 2014.07.06
緑の道を抜けて、ホールに入る。ガラス張りのロビーに設置されたライブ写真や巨大なリンゴのオブジェを眺めたあと、重い扉を開き、リクライニング式になっている座席に腰を下ろす。街中にあるホールで、安藤裕子の音楽を聴くというのは、ひどく贅沢な時間のように感じる。日常の真ん中で日常が消えていく。日々のあれこれで強ばった心が次第に解けていき、いつしか、家族や友人、大切な人と再会したような穏やかな気持ちになっていく。おかえり、ただいま。久しぶり、元気だった? さよなら、またね。きっと元気でいてね……。「今日がいちばん楽しいという日が、ずっと続くといいなと思いながら歌ってる」という安藤裕子の歌声には、何気ないけれども優しさを感じる、願いのような思いが込められているように思う。みんなの今日が、明日が善き日でありますように。観客も彼女に対して同じ気持ちでいる。今年で6年目を迎えた安藤裕子のアコースティックツアーには、そんな幸せな交感がある。
1曲目は「鐘が鳴って 門を抜けたなら」。うす暗い照明のなか、椅子に腰を下ろした彼女は、ホール内の空気を自身のヴァイブレーションで満たしていくように、ゆっくりと言葉を紡いでいく。<たまには ここに帰っておいで/たまには 笑顔を見せにおいで>というフレーズで観客を自身の庭に招き入れる。英語詞で歌われた「のうぜんかつら」では、思わず身体が動きだしてしまうようなグルーヴを感じ、観客からもアコーステイックライブの2曲目にして早くもクラップが沸き起こり、安藤裕子はそのクラップに対してスキャットで応じた。続く3曲目のご機嫌なカントリーソング「ポンキ」では本ツアーのチャレンジ企画となっているマジックショーを展開。曲中に黄色いサイコロからおもちゃの鳩を出し、ハンカチを花に変えるもグダグダで、「予定がくるった!」と言って、鳩を床に投げつけると、会場は温かい笑い声で包まれた。
「恋の歌と思っていたけど、旅で歌っていくなかで、それだけに限らないなと思うようになりました。気の置けない仲間や友人とか、この人の前では自分らしくいられる、そんな人の歌かな」と説明したあとで、新曲「レガート」を披露した。彼女には、個人的にはウエディングソングだと思っている「あなたと私にできること」という曲があるが、「レガート」と同じく、この音楽のなかにいる“あなた”と“私”は、自分の奏でる音楽を本当によく分かっている人=知音(ちいん/真の友)のようであり、その、お互いの心をよく知り合っている関係性は“聴き手”と“安藤裕子”にも当てはまるような気がする。聴き手にとっては、彼女の音楽こそが、なにを言わずとも心の深い部分で解りあえる存在なのだ。ピアノとギターの伴奏のみで届けられる彼女の歌は、聴き手にとって、聞くだけで私が私に戻れるホームのような場所になっているのだと思う。このあと、突如として不穏でシリアスなムードが流れ、タイトル未定の新曲から「み空」「エルロイ」と激しくもシュールな音像が描かれていく。心の闇に光をあてたミュージカルを観たあとのような余韻が残った。演奏後、拍手までに間があったのも、聴き手それぞれが自分の心の影をじっと見つめていたからではないかと思う。
中盤ではサザンオールスターズの「松田の子守唄」をカバー。安藤裕子が「小さい頃に聴いて、幼いながらに胸がせつなくなるのを感じた曲だった」というように、子守唄というタイトルだが、人生でたった一度でも経験すれば幸せだと感じるような「ほんとうの恋」(安藤)をテーマにした曲。彼女はゆっくりと、じわじわと心に染み込むように切々と歌いあげた。最後の1行<誰かと恋に落ちながら/思い出すのはあなただけ>というフレーズは、幼少の彼女と同じように、実にせつなく胸に響いた。また、FacebookやTwitterで募集したリクエストコーナーでは、「はじまりの唄」が選曲された。別れる“あなた”に“さようなら”と“ありがとう”を贈る歌で、最後の<願いはあなたに明日を/愛を>という歌詞を歌うときだけどこか沖縄民謡の唄者のような裏声とビブラードになっていた。彼女の歌声は、だんだんとメロディの制約からも解き放たれ、次第に自由になっていく。
サンダルを脱ぎ、裸足で歌った「安全地帯」から、動きはより大きく、体躯もさらに伸びやかに、歌声も広がりを見せていった。いつも通りの笑顔で明日を迎えようと強く胸に刻む「歩く」では、「嵐が丘」のキャシーのような激しさをみせ、《走り回る僕のままで》と歌う「世界をかえるつもりはない」では、その“走り”の一音目で圧倒的な力強さを感じ、なぜだか分からないけど、涙が出た。音楽を通して、手と手をつなぎ、一緒に走り出したような実感があったのかもしれない。
本編の最後は、青春時代への未練も残しつつ、サヨナラと始まりを抱きしめて明日へ行け!と背中を押してくれる「サイハテ」。アンコールで歌った「グッド・バイ」も、明日に進んでいくためのさよならで、おわりでなく、はじまりの曲である。大合唱となった「問うてる」では、命とはなにか? 僕らとは誰か?と問いかけたが、答えもその歌詞にあった。《それは出会い別れるもの》であり、《僕らが出会えばウキウキする習わし》である。僕らはもっと、安藤裕子の唄に、音楽に、ライブに出会って、ウキウキしたいと思う。ウキウキのあとには別れがあり、せつなさや悲しみや痛みが残るが、生きるとは結局、その繰り返しなんだと思う。
安藤裕子は、最後に「みんながどんな暮らしをしているか分かりませんが、元気でいて欲しい。せっかく生まれたからには、みなさん、元気に死んでいって欲しいと常々思ってます」と語った。相変わらずのMC下手で場内は苦笑だったが、観客は「限りのある人生を、命が燃え尽きる最期まで、元気に、楽しく、笑顔で暮らしていて欲しい」という意味だということは分かってる。
ライブが終わると、僕らは今日という日にさよならし、明日に向かって歩き出す。その道中で、旅先で、安藤裕子の歌が常に傍にいてくれたら幸せだなと思いながら。
【取材・文:永堀アツオ】
【撮影:藤井 拓】
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どんな曲を歌っても、決してその強烈な個性が失われることはない。2015年のクリスマスイブは、安藤裕子のヴォーカリストとしての魅力が解き放たれる前夜でもあった。
リリース情報
セットリスト
2014 ACOUSTIC LIVE
2014.6.21@東京 めぐろパーシモンホール 大ホール
- 鐘が鳴って 門を抜けたなら
- のうぜんかつら
- ポンキ
- 新曲1
- 新曲2
- み空
- エルロイ
- 松田の子守唄
- Lost child,
- はじまりの唄
- 安全地帯
- 歩く
- 世界をかえるつもりはない
- サイハテ
- グッド・バイ
- 問うてる
お知らせ
JOIN ALIVE 2014
2014/07/20(日)いわみざわ公園
音霊 OTODAMA SEA STUDIO 2014
「安藤裕子×スキマスイッチ ~10周年スペシャルジョイント~」
2014/08/05(火)音霊 OTODAMA SEA STUDIO
ROCK IN JAPAN FESTIVAL 2014
2014/08/09(土)国営ひたち海浜公園
New Acoustic Camp 2014
2014/09/13(土)水上高原リゾート200(トゥーハンドレッド)
2014/09/14(日)水上高原リゾート200(トゥーハンドレッド)
※出演はどちらか1日になります。
YEBISU GARDEN PLACE 20th Anniversary presents
安藤裕子 Premium Live ~恵比寿の特別な夜~
2014/10/13(月・祝)東京 恵比寿ザ・ガーデンホール
安藤裕子 Premium Live ~梅田の特別な夜~
2014/10/23(木)大阪 サンケイホールブリーゼ
※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。