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安藤裕子、“歌う力”を完璧に取り戻した、美しき一夜

安藤裕子 | 2015.05.15

「明日がきっといい日になる」
 そう言って、安藤裕子は少し照れくさそうにうつむいた。全国ツアーのファイナルとなる中野サンプラザ。バンドセットによるライブは1年半ぶりになるが、彼女はステージで“歌う力“を完璧に取り戻したようだ。

 彼女が最も憔悴して見えたのは、デビュー7年目の2010年だ。前年に初のベストアルバムをリリースした彼女は、オランダのプロデューサーであるベニー・シングスらを迎えた5枚目のアルバム『JAPANESE POPS』を制作。その年の<ミュージック・マガジン>が発表したベストアルバムJ-POP部門年間1位に選ばれたほどのハイクオリティーなポップス集となっていたが、デビュー以来休みなく動き続けてきたことに加え、整然としたストイックな作業に没頭したことで、心と身体が悲鳴をあげていた。

 翌年、心身の不調を感じていた彼女を、東日本大震災と最愛の祖母の死、そして、自身の出産と妊娠に伴うアコースティックツアーの中止という変動が襲った。環境が大きく変化していくなかでも音楽活動は続け、12年には6枚目のアルバム『勘違い』、13年には7枚目のアルバム『グッド・バイ』を発表したが、その根底には、彼女の死生観が漂っていた。ポップスとして、終わりの始まりを予感させるエンディングにはなっていたが、死が分かつものへのどうしようもない絶望が伴っていたことも否めない。

 今年の1月にリリースした8枚目のアルバム『あなたが寝てる間に』にも、この日のアンコールの最後に歌ったアルバムのラストナンバー「都会の空を烏が舞う」のように終焉が匂う曲もある。だが、全体としての聴き心地は明るく、アルバムと同じく1曲目に歌った「森のくまさん」には、傷つきながらも前に進んでいくんだという再生のパワーがこめられていたし、軽快なファンクナンバー「Live And Let Die」では、死ぬのは私ではなく奴らだと歌ってる。全てを忘れることはできないだろうが、少なくとも、「死」よりも「生」を見つめることにしたのだと感じていた。

 オープニングではスキップで入場し、「森のくまさん」を歌う前に雄叫びをあげた。足を踏み鳴らしながら物語のはじまりを告げ、自然と手拍子が沸き起こった「大人計画」では舞台の中央に真っ直ぐに立った彼女の身体から音楽が四方に放たれ、ドラムソロからはじまったスカカンバー「PRARA-RO」では足をあげて踊った。両手を広げ、グランドピアノを引くような動きを見せた「鬼」、地面を揺らすほどの力強さを感じた「世界をかえるつもりはない」、バレリーナのように華麗に踊った「都会の空を烏が舞う」……。身体中からエネルギーが溢れているのを感じる。こんなに奔放で躍動的な彼女は久しぶりだ。

 今回のツアーのテーマであり、最大の目的は「みんなと楽しく遊ぶこと」だったという。中盤では「長年、薄幸な妖怪のように歌ってきたから、アイドルになりたいと思って」と告白し、80年代のアイドルソングをカバーした。「ずっと自分のためだけに曲を作ってきたけど、デビュー12年くらい経って、徐々に、私もみんなと音楽で遊んでみたいなって思うようになった」と続けたが、全体を通して、まさに音楽を楽しんでるという躍動感と充実感が伝わってくるパフォーマンスとなっていた。

 そして、「青い空」を披露する前に、彼女はこの曲を製作した経緯を語った。
「ふっと抜け殻のような心になって、もう歌えないかなって思ったことがあって。ちょうどその時に、中学生くらいの女の子からお手紙をもらって。<居場所がないから助けてくれ。死にたい>って書いてあったんですよね。私にはなにもできないけれども、一緒に泣くくらいのことはできるかなと思って、その子のために『青い空』という曲を作ったんです。その子、ライブにくるかな、どこかで聞いてくれるかなと思ったんですけど、どうなったかはわからないんだ。 みんなも、どうにも明日が見えなくなることがあると思うけど、直接的にはなにもできないですね、私。がんばれって言ったり、一緒に泣いたりすることしかできない。でもね、私も、そうやって曲を作ったときに、自分のためじゃなく、人のために曲を作ったときに、ちょっと救われたんです」

 天高く、手を真っ直ぐに伸ばして歌った「青い空」はその子に届いただろうか。彼女の歌声は、その音楽に耳を傾けたものの心を揺さぶり、強く励ましてくれる。いまの彼女の歌声には、明日を願う気持ちが込められている。安藤裕子は、自分自身が「明日が見えなくなった」ときの経験も話してくれた。
「大人になって、いちばん辛かったことは、急に自分の明日に期待が持てなくなったこと。どこまでも開けてると思ってた明日が色あせたときがあって。<あ、全部見えちゃったな。自分の人生はここらへんまでだな>って。そう思ったときがいちばん辛かった。そんなときに、母親から<なに言ってるの? 私は50歳を過ぎるまで、明日が楽しみすぎて仕方なかったけど>って言われて。彼女の方が波乱万丈で大変な人生を歩んでたから、私ももっと、自分の明日に期待してあげたいなって思うようになって。いまもね、人間生活がままならないから、なにやってんだって思うこといっぱいある。でも、明日がきっといい日になるって、思ってますよ」

 彼女はこの日、祖母が綴った散文詩をもとに書いた「のうぜんかつら」と、祖母が危篤になったときにレコーディングしていた曲で、「ずっと歌う気になれなくて歌わなかった」という「地平線まで」を歌った。赤の他人が簡単にいうことではないが、彼女はきっと、祖母の死という言いようのない哀しみを乗り越えたのだろう。淡い陽射しを遮っていた黒い烏は時間をかけてゆっくりと飛び去り、彼女の森には春の温かさが訪れている。

 余談ではあるが、彼女はこの日、「TEXAS」という楽曲のタイトルの意味を教えてくれた。いまから9年前の夏。5枚目のシングルとしてリリースされたときのインタビューでは決して教えてくれなかった。当時、“手“にまつわる歌詞が多かったために「好きさ、手」という意味ですか? と聞いたが、「違います」と一蹴された。それはそうだ。
「ずっとタイトルの由来を教えないでいたんですけど、ずいぶん経ったから話そうかなと。なん年前かな。山本隆二(もっさん)が結婚するっていうんですよね。はたからみても、言葉足らずな感じが伝わってくるから、きっと彼女は、足りない言葉に泣いたりするんだろうな。もっさんはもっさんなりに、足りない言葉を埋めようとがんばるんだろうなと思って。ふたりが仲良くやっていけるといいなと思って作った曲なんです。そのとき、もっさんの着てたTシャツのロゴが『TEXAS』でした(笑)。あはははは。みなさん、お互いに言葉足らずだけど仲良くしましょう」
 安藤裕子の曲は全て広義でのラブソングだと思っている。「違います」と一笑にふされようとも、愛の痛みや切なさ、大切さを感じながら、今日も聴いている。

【取材・文:永堀アツオ】

tag一覧 ライブ 女性ボーカル 安藤裕子

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1.森のくまさん
2.Live And Let Die
3.大人計画
4.RARA-RO
5.クリスマスの恋人
6.世界をかえるつもりはない
7.レガート
8.人魚姫
9.You
10.73%の恋人
11.都会の空を烏が舞う

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お知らせ

■ライブ情報

安藤裕子 LIVE 2015 「あなたが寝てる間に」追加公演
2015/06/16(火) 恵比寿LIQUIDROOM

GAMA ROCK FES 2015
2015/09/20(日)宮城県塩竈市みなと公園

※その他のライブ情報、詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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