安藤裕子の新作『あなたが寝てる間に』は、ヒューマニズム溢れるポップアルバム
安藤裕子 | 2015.01.30
- EMTG:『Acoustic Tempo Magic』のリリースタイミングでインタビューしたときに安藤さんは、近年は私小説性の高いソングライティングに寄りすぎていたところがあったので、今後はもう少し気軽にポップな曲を作りたいと言っていて。
- 安藤:うん、そうですね。
- EMTG:本作はまさにリラックスしたモードでポップスをクリエイトしているのがよくわかるし、それと同時に歌詞の面では1本芯の通った作品にもなっていると思いました。
- 安藤:このアルバムは明るい曲を作りたいというところから制作をスタートして。2011年に震災があって、子どもが生まれて、私の育てのおばあちゃんが亡くなった年でもあって。自分の精神がすごく混沌としていた。だから、『グッド・バイ』(2013年リリースの7thアルバム)までは身の周りに起こるすべてが死生観に包まれていたというか。明るい曲もあるんだけど、自分の終焉みたいなところに意識が向いていて。このアルバムの最後に「都会の空を烏が舞う」という曲がありますけど、これは『グッド・バイ』のころに作っていた曲なんです。でも、この曲ってまさに死をモチーフにした曲だったから、すごく大好きなんだけど、『グッド・バイ』にこの曲を入れてしまうと、私が実際に死なないとリスナーも納得しないんじゃないかみたいな強迫観念があって(苦笑)。
- EMTG:でも、今作には作品を閉じる楽曲として入れることができた。その違いは大きいですよね。
- 安藤:そう。この曲があったうえで1曲目の「森のくまさん」や2曲目「Live And Let Die」の制作作業に入ったんですけど。もちろん、明るい曲を作りたいという流れのなかでも、出てくる言葉は安藤裕子のものなので。結局は私という人間が出るんだけど、作業的にはなるべく本人に寄りたくないという気持ちがありました。「森のくまさん」の原型はデビュー前からあって。アレンジは初めてご一緒した松本(淳一)さんのアレンジもあいまって、曲の意味や風景が思い描いたとおりになったんです。私が音楽を始めたころに自分がやりたかった音楽を描けたなって。歌詞にはちょっとシニカルな人間味もあって。ポップスなんだけど、グリム童話のような怖さを感じるものになったのがよかったですね。
- EMTG:室内楽のようなアプローチで“気配”を感じさせるポップソングに仕上がってますね。
- 安藤:うん。冬眠しそびれた野性の熊が、ハアハア言いながら日の射さない森を進んでいく。そこから大サビに入っていくなかで、私は人間の音楽に戻りたいと思ったんですよね。ちょっと男らしいサウンドにしたいなって。
- EMTG:今作は全体を通してタフなヒューマニズムを感じます。それをたたえて音楽を楽しもうとしている強さであり。それはアルバムの真ん中に位置する、『Acoustic Tempo Magic』にも収録されていた「世界をかえるつもりはない(BAND ver.)」の存在が大きいと思いました。
- 安藤:私が強い言葉を使うときって、全部自分自身に向かってるんですよ。常に自分に対して“生ぬるいな、おまえは”と思ってるから。だから、どこかで自分に対してハッパをかけてるような感覚がある。「世界をかえるつもりはない」は、『Acoustic Tempo Magic』のバージョンはまさに世界に投げかけたかった言葉だと思うんですね。大声を出すことしかできないけれど、それでも訴えたいことがあって。懸命に生きても形にならないそれぞれの人生についてであり。そういうものも含めて、ひたすら懸命に生きてほしいという願いを込めていた。
- EMTG:ええ、まさにそういう歌ですね。
- 安藤:でも、“これからどんどん時代は悪くなっていくでしょう”って嘆いていても仕方がないから。それでも音楽を楽しもうとし始めたのがこの作品だから。
- EMTG:すごくよくわかります。
- 安藤:だから、「世界をかえるつもりはない」もバンドバージョンで収録したかったんです。去年、夏フェスなどではバンドアレンジで歌っていたんですね。『Acoustic Tempo Magic』に入っていたバージョンはピアノとふたりきりだから、自分に対してすごく負担の大きな曲だった。喉をつぶしても歌い切らないといけないような感じがあって。だけど、バンドでこの曲を歌うと身体が楽しいんですよ。
- EMTG:ポップスとして変換されるし。
- 安藤:そう、ポップスであり、ソウルでもあるし。
- EMTG:うん、ソウルミュージックですね。原曲はどちらかと言うとフォークに近いけれど。
- 安藤:そうなんですよ。もともとは戦いの歌だったから。でも、このバンドバージョンになって私は恋や愛の歌になってたと思うんです。その差は大きいですよね。
- EMTG:アルバムの真ん中に位置する必然もあるし。
- 安藤:そうそう。「世界をかえるつもりはない」を起点にして、作品のムードがセパレートされていて。前半は音楽を楽しもうというパート。明るかったり、バラエティに富んだ音楽。後半はもっと人間の心に寄った曲が多くて。「都会の空を烏が舞う」という終焉の曲を最後におくことで、また「森のくまさん」にも戻れるし。そうやってループするのがアルバムだと思ってるから。
- EMTG:安藤さん自身とチームが新しいリスナーとの出会いを求めているアルバムという印象も強いです。
- 安藤:うん、マーケット自体が縮んでいるなかで、リスナーのみなさんが考えている以上にアルバムを1枚作るというのは大変なことですから。よく“音楽なんてそこにいれば生まれるもの”とおっしゃる人もいますけど、それとCDレコーディングは違うことなので。買ってくれる人がいないと次につながらないですからね。
- EMTG:この時代だからこそ、あえて特定のアーティストのアルバムを手に取って対価を払うというリスナーとアーティストの関係がより濃密になっている側面もあると思います。
- 安藤:デビュー当時は人に嫌われたくないという思いもあったし、1枚の作品で自分を判断されたくないという思いが強くて。わりと自分の真性に近いものよりは、耳触りのよさを重視して作品作りをしていたんですね。それでもそんなに売れないもんだなと思いながらやってきたんですけど(笑)。さらに、今はビッグヒットみたいなものは望めない時代になってきて。逆に自分がホントにやりたいことに立ち返れるところはありますね。“こういう曲のほうが売れるだろう”みたいな固執がなくなってきてるし。
- EMTG:そのうえでこういう真摯なポップアルバムを作れたのは幸福なことだと思います。
- 安藤:そう思ってもらえたらうれしいです。
- EMTG:『あなたが寝てる間に』というアルバムタイトルは、娘さんに対する視線を感じました。
- 安藤:タイトルはいくつかの候補のなかからディレクターが選んだんですけど。もちろん、そういう意味もあります。娘が寝ないと私も音楽の作業ができないので。ただ、私のなかではこのタイトルは女の人が自分に立ち返る時間を思っていて。ある女の人がいて、その人には恋人がいるんだけど、その恋人と別れようとしてるとしますよね。でも、女の人は恋人と一緒にいるときはそういう素振りをなかなか見せないわけですよ。
- EMTG:はあ(笑)。
- 安藤:(笑)。“明日、出ていこう”とか“もうちょっとこの人と一緒にいようかな”っていう判断を、その人が寝てるときにしてるようなイメージがあって。
- EMTG:なるほど。男としてはエグい話ですね(笑)。
- 安藤:この話をすると、男性はみんな落ち込みますね(笑)。朝起きて、恋人に“おはよう”って言いながら朝ご飯を作って、“ちょっと牛乳買ってくる”って言ってそのまま出て行って帰らないとか。そういう人もいると思うし、荷物を詰めたけど、牛乳を買ってそのまま家に帰ってくる女の人もいると思う。女の人は化粧もするし、仮面を背負って社会生活を送ってると思うんですけど、みんなが寝静まったときにようやく自分の心と対面して、決断する。それが女の人生だと思うんですよね。
- EMTG:今後の活動についてはどのような展望がありますか?
- 安藤:もっと音楽を楽しみたいですね。今度さらに10年、20年歌うのであれば、もっと音楽を楽しむ方法を知らなきゃいけないと思うし、もっと自分の心を素直に歌えるようにならなければいけないと思います。今作はなるべく遊びの部分を増やそうと思ってちょうど自分の真性なる部分と半分ずつくらいのバランスになったので。そのバランスをそこまで意識せずともとれるようになったらいいですね。
安藤裕子の8thアルバム『あなたが寝てる間に』が完成した。近年は混沌とした精神状態で音楽制作と向き合っていたという彼女だが、本作はリラックスしたマインドでポップソングをクリエイトし歌いたいという思いが制作当初からあったという。事実、多彩でさまざまなオマージュを感じさせるサウンドを軽やかにまといながら、生気に満ちたボーカルを聴かせてくれる安藤裕子がここにいる。さらに、今の安藤裕子だからこそその歌に込められるタフなヒューマニズムというものが、歌詞や声色の端々から伝わってくる。それは、このインタビューからも感じ取ってもらえると思う。
【取材・文:三宅正一】
リリース情報
“KABUKU TOUR 2016 FINAL at AKASAKA BLITZ”
発売日: 2016年11月02日
価格: ¥ 3,800(本体)+税
レーベル: BAKURETSU RECORDS
収録曲
全24曲133分
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どんな曲を歌っても、決してその強烈な個性が失われることはない。2015年のクリスマスイブは、安藤裕子のヴォーカリストとしての魅力が解き放たれる前夜でもあった。
ビデオコメント
リリース情報
お知らせ
安藤裕子 LIVE 2015 「あなたが寝てる間に」
2015/03/22(日)大阪・森ノ宮ピロティホール
2015/04/05(日)名古屋・Zepp Nagoya
2015/04/11(土)福岡・IMSホール
2015/04/24(金)東京・中野サンプラザホール
※詳細・その他のライブ情報は、オフィシャルサイトをご覧ください。