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秦 基博のツアー・ファイナルに訪れた“ほぼ完璧”という奇跡

秦 基博 | 2011.03.10

音楽にホームもアウェイもないことは知っているけれど、秦 基博にとっては地元・神奈川はよほど特別な場所であるらしい。

それはオーディエンスも同じらしく、秦登場のSE代わりに鳴らされるハンドクラップのガイドに合わせて、神奈川県民ホールを埋めた大観衆がひとつのグルーブに心を集めて拍手する。そこに秦がステージに入ってきたものだから、一瞬間だけリズムが崩れて歓声が上がり、秦がアコギを肩からかけてマイクに向かう。「かなけーん! 行くぜ、最後まで楽しんで帰ってください」。

 がぜん熱を帯びる会場に対して、秦はあくまでゆったりと「今日もきっと」を歌い出す。1曲目でまだ喉が温まっていないのか、声が少しかすれている。が、それにかまうことなく、秦は丁寧に歌い進んでいく。2コーラス目のドラムだけで歌う場面もスムーズで、次第に調子を上げていく秦の声が確認できて、かえってスリルが増す。

「改めて、秦 基博です。ようこそカナケンへ。今日はファイナルなんで、何も残すことはないです」と、自信に満ちた秦に、会場は精一杯の拍手で応える。そのまま、ロック・テイストの「Halation」へ。ドラム、ベース、ギター、キーボードのバンドは絶好調。秦の背中をドンと押す。力強い演奏を受け止めて、秦の喉はしっかりと開いていく。

「昨年11月からツアーに出て、旅の最後地点が地元・横浜で嬉しいです。アルバム『Documentary』も横浜でレコーディングしました。ここの景色も、感じたことも、作品の中に入ってます。横浜のライブハウスにもよく出ていたし、MCも山下公園のベンチに座ってこの景色の中で考えたりしてました。その頃から変わらないものがある。もちろん変わったものもある。だから愛しい」。

 バンドのメンバーが一度はけて、秦はひとりスツールに座って「風景」を弾き語る。♪あなたがくれたこの風景 愛しく思っています♪というリリックがぴったりはまって、会場は静かに聴き入る。

続く「猿みたいにキスをする」で、バンドが戻る。アルバム『Documentary』では“かせきさいだぁ”が行なっていたラップを、キーボードの伊東ミキオが担当。甘さ・すっぱさ・苦さを兼ね備えたこのラブソングのライブ・バージョンは、秦とバンドのコラボレーションとして、この日、特に輝いていた。

 声が最高潮に達したのは、11曲目「虹が消えた日」だった。歌の表現も申し分なく、完全に完成の域。

だが、ツアー・ファイナルとしての完成は、さらにその先にあった。「パレードパレード」から始まるシークエンスで、バンドとの演奏を最大限楽しんだ後、秦が高揚しながらメンバー紹介をし始めた。

「この5人で回ってきて、バンドの醍醐味、この5人じゃなければ出せない音を、僕自身楽しみながらやってきました。それがみんなに伝わってれば、嬉しいです。では、アルバムの始まりになった歌があって、それを聴いてほしいと思います」。

 秦自身の澄んだ音色のギター・アルペジオから始まったのは、「アイ」。3rdアルバム『Documentary』の糸口になった曲で、秦自身、「何年かに一度しか生まれない歌」と言い切る名曲だ。当然、今回のツアーの中心になる曲で、セットリスト上も最高の位置にある。

 すべての条件が整った上で歌われたこの歌は、本当に見事だった。音楽の真ん中にどっかりと存在する、秦の声。間近に寄り添う、秦自身のギター。それに重なるように鳴る、久保田光太郎のエレキギター。全体を支えるように包む、いとうのオルガン。穏やかなメロディーに挑んでくる、FIREの大胆なベースライン。ビートの在所に余裕を与える矢野博康のスネアドラム。全員が歌に集中しながら、“歌の奴隷”にはならず、しっかりと主張する。少しだけの凸凹が、かえって歌にリアリティを与える。「完璧」ではなく、「ほぼ完璧」の良さ。僕は聴いていて「こんなことがあるのか」と、“神奈川の奇跡”に唖然としていた。

 次のタイトル曲「ドキュメンタリー」は、すべてを出し尽くした後の明るさが曲を膨らませる。本編ラストの「朝が来る前に」では、再び緊張感をみなぎらせる。

 「アイ」を書き下ろした瞬間から始まった一連の“秦を巡るドキュメンタリー”の最高の締めくくりだった。それを見届けることができて、幸せだった。

 アンコールで秦は「毎日の中で感じていること、見えた景色の中に、僕の曲の始まりがある。それを歌うことが、自分の歌。ただその時点では半分くらいしか足りてなくて、ツアーを通して完成するんだなと心から思ってます」と語った。まさに、その言葉どおりのファイナルだった。

 最後に、ライブのオープニングで美しいシーンを作り出したライティング・チーム、バンド・サウンドの豊かなニュアンスを細部まで忠実に会場全体に響かせたPAチームなどのスタッフワークの完成度の高さも印象的だったことを、ここに書いておく。

【 取材・文:平山雄一 】

tag一覧 ライブ 男性ボーカル 秦 基博

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リリース情報

Documentary

Documentary

2010年10月06日

BMG JAPAN Inc.

1. ドキュメンタリー
2. アイ
3. SEA
4. oppo
5. サルみたいにキスをする
6. Halation
7. 透明だった世界
8. 今日もきっと
9. パレードパレード
10. 朝が来る前に
11. Selva
12. アゼリアと放課後
13. メトロ・フィルム(Album ver.)

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セットリスト

  1. 今日もきっと
  2. SEA
  3. Halation
  4. 29番線
  5. 青い蝶
  6. Selva
  7. 風景
  8. 猿みたいにキスをする
  9. dot
  10. アゼリアと放課後
  11. 虹が消えた日
  12. oppo
  13. パレードパレード
  14. 夜が明ける
  15. 透明だった世界
  16. キミ、メグル。ボク
  17. アイ
  18. ドキュメンタリー
  19. 朝が来る前に
  20. Encore
  21. My Sole,My Soul
  22. 花咲きポプラ
  23. メトロ・フィルム
  24. Encore2
  25. 鱗(うろこ)

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