レビュー

吉井和哉 | 2011.04.12

 最初に書いておくと、この吉井和哉6枚目のアルバムとなる『The Apples』は、ほとんど吉井和哉ひとりで録音された作品だ。作詞、作曲はもちろん、ドラム、ギター、ベース、シンセ、打ち込みといった、ほぼすべての楽器、そして、セルフプロデュースはもちろん、ナント、アートディレクションまで担当している。まさに、吉井版コンプリート「ひとりカンタービレ」と言えるだろう(笑)。

 一人で作品制作を完遂するのは難しい。一人で作ることでつきまとう、着地点の失目や際限のなさ、それにまつわる限界との邂逅や自己嫌悪、そして何よりも、凝ったが故の自己満足第一で客観性欠如な作品に着地する懸念もあるからだ。

 正直、この作品も起用楽器やその音的な使い方や処理には、かなりのマニアック性や凝り具合を有している。そして、彼がこれまで通ってきた音楽的遍歴や憧憬としていたとおぼしきロックミュージックのモチーフたちも多々。しかし、不思議とこの作品からは、この辺りの自己満足至上を全く感じない。いや、逆に、それらも全て彼の放つ分かりやすい楽曲の中にブレンドされると、実に適材適所。極めてイキイキと活きてくるのだ。

 エレクトロとロック的ダイナミズムの華麗なる融合を見せるインスト「THE APPLES」。ヴィンテージなギターのイントロや間のドラムのブレイクが60年~70年代を感じる、哀愁性を帯びた「ACIDWOMEN」。スタックスビートと奔放なギターがガッツリとワイドさを作り出し、サビの上昇感と、解放感もたまらない。打ち込みやエフェクティブさも交えた「VS」。深くリバーブの効いたギターの向こう、諦念と艶めかしさが同居した「おじぎ草」。前のめりな疾走感も印象的なストレートな「イースター」。歌メロと楽器のメロディとのシンクロもユニーク。所々現れる楽器群や所々入る遊びに耳を奪われる「CHAO CHAO」。スティールギターやドラムのループ、彼のラップも楽しめる、全体的に乾いていてブルージーな「ロンサムジョージ」。こちらもラップが聴きどころな(笑)、ミクスチャー的ループからサビのディスコ的上昇感が高揚感を煽る「MUSIC」。途中に出現したサバス的重いギターリフに驚かされた「クランべリ―」。ジョンレノンへのオマージュとも取れる雲上感溢れる「GOODBYE LONELY」。ボ・ティドリー・ビートに、JETもびっくりなロックンロールリバイバルを楽しませてくれる「プリーズ プリーズ プリーズ」。レディオボイスな音質の中歌われる50~60年代的フォークソングライクな「HIGH&LOW」。大団円&ストリングスも感動を引き立て、聴く者の心に温かい陽を射す「FLOWER」の全14曲を収録。

 先程、様々な音楽的遍歴や憧憬的な音楽性が収録云々と書いたが、不思議とそこに、それほどのひけらかしや懐かしさ、古臭さは感じない。逆に、どことなくこの時代とのシンクロさえも感じたりする。それこそ多分にヴィンテージ的な楽器の起用や音処理をしているだろうに…。それこそがきっと吉井の拭い切れないポップス性が引き起こしたマジックなのだろう。

 あなたが食べる、このリンゴは、創世期のアダムとイヴの禁断のリンゴなのか?それとも白雪姫の毒リンゴなのか?その捉え方はたぶん聴いた人それぞれでちがうことだろう。どちらにせよ、かなり甘美なのは保証する。さぁ、カブッとひとかじりやってくれ!

【 文:池田スカオ和宏 】

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リリース情報

The Apples

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The Apples

発売日: 2011年04月13日

価格: ¥ 3,715(本体)+税

レーベル: EMIミュージックジャパン

収録曲

■CD
1. THE APPLES
2. ACIDWOMAN
3. VS
4. おじぎ草
5. イースター
6. CHAO CHAO
7. ロンサムジョージ
8. MUSIC
9. クランベリー
10. GOODBYE LONELY
11. LOVE & PEACE
12. プリーズ プリーズ プリーズ
13. HIGH & LOW
14. FLOWER

■DVD
1. ACIDWOMAN(YOSHII BUDOKAN 2010)
2. リバティーン(YOSHII BUDOKAN 2010)
3. おじぎ草(YOSHII BUDOKAN 2010)
4. LOVE & PEACE(VIDEO CLIP)
5. VS(VIDEO CLIP)

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