連載 第120週
奥田民生
『秋コレ ~MTR＆Y Tour 2015~』

奥田民生は2015年の決定版ライブを、これから何度も更新していくだろう

　50歳を迎えた奥田民生の昨年の大活躍の成果のひとつである“MTR&Y”ツアーの模様が、ついにライブアルバムになった。演奏した全曲目を、全会場からのテイクで構成したもので、文字通りツアーを完全網羅した決定版である。

　MTR&Yのメンバーは、奥田民生、小原礼(ベース)、斎藤有太(キーボード)、湊雅史(ドラム)の４人。40代、50代、60代を代表するミュージ シャンが集まり、決めるところはきちっと決めた上で自由奔放に演奏を楽しむこのバンドは、J-ROCKの至宝と言っていい。当然、演奏は毎回異なるので、今回のライブアルバムのセレクションは楽しくもあり、大変な作業だっただろう。

　聴いていてまず感じたのは、４人がこのメンバーでの演奏を心から楽しんでいることだった。その上で、僕は二つのことに注目した。

　ひとつは、奥田がたった一人でレコーディングしたアルバム『OTRL』と『O.T. Come Home』からの曲の演奏の素晴らしさだった。おそらく奥田にとっては“２度目のレコーディング”の楽しみがあるのではないか。１度、すべての楽器を自分で演奏して完成させた曲を、信頼する３人に委ねて“新しい魔法”を待つ。その期待感は、特に奥田のギターソロに表われる。全部自分でコントロールして作り上げた作品とはまったく違う自由を謳歌する奥田のギターは、とても魅力的だ。

　もうひとつの注目点は、マスタリングをユニコーンのABEDONが行なっていること。このところ、ソロアルバム制作などでABEDONは録音やミックスなどのスタジオワークを自ら積極的に行なっている。ニューヨークを代表するマスタリング・エンジニアのテッド・ジェンセンと親交が生まれたことも後押ししていると思うが、ABEDONの進化がついにマスタリングにまで及んだのだ。盟友の“新技能”をいち早くピックアップする奥田とABEDONの友情と信頼が、このライブアルバムのサウンドを素晴らしいものにしている。

　そうして僕は何度も『秋コレ ~MTR＆Y Tour 2015~』を聴くうちに、ある思いが浮かんだ。これはあくまで2015年のMTR&Yのベストプレイで、奥田民生はこれから何度も決定版を更新していくのだろう。それが彼の持ち味であり、彼自身の楽しみでもあるのだ。

　ライブの時代と言われて久しいが、ライブアルバムを出す アーティストは激減している。それはライブDVDとはまったく意味が違う。映像の仕掛けに頼らず、演奏だけで勝負する度胸と実力のあるバンドが、今の音楽シーンにどれだけいるだろう。『秋コレ ~MTR＆Y Tour 2015~』は、スタジオアルバムとは別の良さを表現できる自信のある奥田だからこその特別の作品集なのだと思う。

【文：平山雄一】