レビュー
ABEDON | 2016.06.01
ABEDON『Feel Cyber』
ABEDONの最初の一音に賭ける心意気が、新しい“音への信頼”を生み出した
最初の一音が鮮やか過ぎるぜ、ABEDON!! 待望の新作『Feel Cyber』は、どの曲も“最初の一音”のインパクトが絶大。始まって0.5秒で、その曲の素晴らしさがわかってしまう。
たとえば1曲目の「Feel Cyber」は、ドラムからはみ出すほどのエナジーをシンセが豊かに包み込む。特に凄い“最初の一音”は、2曲目「R&R SHOWER」だ。バスドラムとスネアと エレキギターとベースが一度に鳴らされて、まるでギザギザのついた鉄棒で殴られているようなショックがある。もうそれだけでこの歌の危険な香りが伝わってくる。
これは“音への信頼”だ。どんな言葉、どんなグルーヴ、どんなメロディにも勝るメッセージが、音そのものにあるというABEDONの新しい音楽哲学がここにある。シンセやサンプリングなどの楽器の発達や、圧縮音源など再生機の簡略化のせいで、リスナーは聴いている音がどのように出来ているのか不明になり、“音への信頼”を失ってしまった。だから『Feel Cyber』の生々しい“最初の一音”は、今、ABEDONが音楽シーンに問う、新しい”音への信頼”だと言える。そしてABEDONはそれを元に、自分の訴えたいメッセージに呼応した音を探しあてた。
優れたイントロが、曲の全貌を予感させることがある。しかしこのアルバムはそれよりもっと早い段階で、曲の持つエネルギーとその方向が最初の一音で示される。3曲目の「不思議は不思議」の♪何かを伝えようなんて してないのに ほら涙になる 笑顔になる♪というリリックは、まるでこの”音への信頼”のことを指しているかのようだ。
ABEDONはこのアルバムでミックスだけでなく、マスタリングという新しい領域に踏み込んだ。つまりリスナーが直接聴く音のすべてに、自分自身でコ ミットしている。
音楽家としてのABEDONは、自分の思う「いい音」や「いい音楽」にずっとこだわって制作してきた。その流れの中で“マスタリング”という、普通のミュージシャンが専門家に丸投げしてしまう作業にまで責任を持とうと している。僕は正直、驚いた。「そこまでやるのか、ABEDON!」と思うと同時に、「すげーぜ、ABEDON!」と叫びたくなった。
そういえば先日リリースされた奥田民生のライブアルバム『秋コレ ~MTR&Y Tour 2015~』も、ABEDONがマスタリングして大きな成果を上げていた。ここでもABEDONは盟友・奥田の作品に“音への信頼”を加えるべく、全身全霊を込めてマスタリ ング作業を行なっていた。
『Feel Cyber』のレコーディング・メンバーはライブでもおなじみの奥田民生、八熊慎一、斎藤有太、木内健。昨年、リリースした『ファンキーモンキーダンディー』と同じメンツで、例によって楽しくやっている。
そんなABEDONの音楽を聴いていつも思うのは、その“自然な造り”だ。新曲でも、もともとどこかにあった音楽のように聴こえる。だからといって、他の曲に似ているわけではない。初めて聴いたときから、その曲のたたずまいが“自然”なのだ。その自然さをもれなくリスナーに届けるために、自分でミックス&マスタリングを担当したと考えると、つくづくABEDONはフェアなアーティストなのだと思う。
何かの狙いやトレンドに関係なく、ABEDONを表現するための音楽がそこにある。今回もニューアルバム『Feel Cyber』を聴いて、僕はその思いをさらに強くしたのだった。
【文:平山雄一】
リリース情報
Feel Cyber
発売日: 2016年06月03日
価格: ¥ 3,333(本体)+税
レーベル: abedon the company
収録曲
1. Feel Cyber
2. R&R Shower
3. 不思議は不思議
4. 誰だっけ?
5. TALK TO THE LADY
6. 海から
7. 寝る
8. やさしいということ