レビュー
サカナクション | 2016.10.19
ご存知の通り、このシングルは一度は8月10日にリリースが決定していたが、メンバーの意向で発売延期となっていたものだ。理由は「納得のいく作品としてリリースしたい」。この曲の一部が使用された資生堂『アネッサ』TVCMのオンエアが3月だから、仮に今年の初頭から作り始めていたとしても、およそ10か月。いかに完璧主義のサカナクションとはいえ、1曲に1年近くかけるというのは尋常ではない。一体どんな複雑な、精密な、凝りまくった音が飛び出すのか。期待を込めてプレイボタンを押す。
いきなり飛び出す明快なシンセのループ。電子ドラムの軽い音色。つんのめるファンク・ビートのベース。耳を洗うようなハイファイなサウンドは、どこか80’sの香りがするテクポップ。ループ担当、ベースライン担当、ストリングス担当と、幾重にも重なるシンセの音色の使い分けも鮮やかだ。確かに緻密だが、聴き心地は非常に軽やかでポップ。サカナクションらしく夜のイメージを濃厚にまといつつ、昼間もイケる開放感がこの曲にはある。
それは、山口一郎の描く歌詞のせいでもあるだろう。ショートヘアをなびかせた、知らないあの子と自転車ですれ違う。あの子は多分、風。瞬間のときめきをストップモーションでとらえた言葉。畦道という古風な単語や、風走りという造語を使うのも彼らしい。
ギターはほんのちょっと、遠くで吠えるだけ。中盤ではダブっぽいエコー処理があったり、すべてのシンセのフレーズを重ねて浮遊感を出したり。サカナクションの実験的なエレクトロ・ポップ・サイドに位置づけられる曲だが、ややシリアスで哲学的になりがちな同系統の曲に比べて、この曲の持つ独特の軽みは魅力的だ。CMソングという場を得て、山口一郎の中により多くの人に届く新しいポップ・チューンを作るという意識があったのかもしれないと推測する。
カップリング「moon」もTVCMソングで、「au×HOKUTO MOON CHALLENGE」プロジェクトのために作られたもの。ミニマルなテクノで、端正な四つ打ちが淡々と続く中に、壮大なコーラス、ピアノの爪弾き、ギターのカッティングなどが次々と現れては消え、後半はバンドサウンドへと移行して劇的に終わる。もう1曲「ルーキー」は藤原ヒロシのリミックスで、大胆にリズムを刻んでダブ処理を施し、スローなパートとアップビートなラテンハウスのパートを対比させた刺激的な作りになっている。
このサウンドが次作へのヒントなのか、それとも通過点か。進化を止めない彼らのことだから、放っておくといつまでもアップデートを続けそうだが、オリジナル・アルバムはしばらく出ていない。そろそろ答えが聴きたい。
【文:宮本 英夫】
リリース情報
多分、風。
発売日: 2016年10月19日
価格: ¥ 1,200(本体)+税
レーベル: ビクターエンタテインメント
収録曲
1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)