レビュー
サカナクション | 2016.10.19
約1年ぶりにリリースされるサカナクションのニューシングル「多分、風。」は、イントロを聴いたら「これ聴いたことある!」と思う人もいるだろう。2016年版の資生堂『アネッサ』のCMに使われていたからだ。女優の真木よう子さんがスポーツウエアを着て走る爽やかなCMで、この曲が流れていた。当初8月にリリース予定だった楽曲を更に納得のいくものにしたいと、この時期までリリースを延期して練り上げ完成させたのが、この「多分、風。」。最先端のサウンドを作り出すだけでなく、広く訴えかける楽曲であることがサカナクションの強みだが、その両方をここでもとことん追求したのだろう。CMを入り口に、より多くのリスナーに届けることも念頭に置いたのだろうか。CMでの真木さんを連想させる”ショートヘアをなびかせたあの子”という歌詞で始まり、その先に描くのはほのかな郷愁とリアルな幻想が入り混じる情景だ。舗装道路ではなく畦道を走れば土埃が舞い、すれ違った自転車の起こした風にハッとする。何万回と脳内再生したショートムービーで、走らせたのは風なのか、あの子なのか。簡潔な歌詞が描き出す夏草の香りさえ思い出しそうな情景に、心臓の鼓動のようにジャストな4つ打ちが重なり、ドラムとベースがダイナミックなグルーヴを醸し出す。シンフォニックなサウンドや少々ノスタルジックなシンセドラムは、久しく揺れていなかった腰も動かしそうだ。十分に自分たちらしさを敷衍(ふえん)しながら、同じぐらい自分たちを新展開させて、ごく自然にリスナーを引き込んでいく、驚くべき1曲である。
カップリングの「moon」はサカナクションも協力している月面探査プロジェクト「au×HAKUTO MOON CHALLENGE」の、山口一郎も出演しているテレビCM曲。もとはアルバム『シンシロ』(2009年リリース)収録の「Ame(B)」のリミックスに使われたメロディを進化させたものだという。そして月面探査プロジェクトの進行と共に、この楽曲もさらなる進化を目指しているそうだ。楽曲が変貌していく過程をリスナーは知ることなど滅多にないが、それを惜しげなく見せるのは音楽を作る楽しみを知ってほしいという山口らの思いの表れだろう。
もう1曲は彼等の4thシングルの「ルーキー」を、日本のクラブ・ミュージックを熟知するアーティスト藤原ヒロシがリミックス。ダブからアップテンポへと緩急を心得た流れは世代を超えて受け入れられそうだ。もちろんそれは何かにおもねていることではなく、ルーツ探訪であったり自分たちの芯をブラッシュアップすることになる。このシングルは、これまでサカナクションに距離があった人たちへの触手も動かすポイントが散りばめられていながら、サカナクションとしてのコアな部分も掘り下げているのだ。サカナクションは確かに次のフェーズに進んでいる。
【文:今井 智子】
リリース情報
多分、風。
発売日: 2016年10月19日
価格: ¥ 1,200(本体)+税
レーベル: ビクターエンタテインメント
収録曲
1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)