レビュー

サカナクション | 2016.10.19

ソングライター山口の美しい日本語を、ボーカリスト山口が表現する

 イントロからして、この楽曲が選び抜かれた音で構成されていることが分かる。歌が始まるまで、無駄がなく、高い緊張が続く。

 約1年ぶりのシングルということもあって、サカナクションのリスナーは緊張して「多分、風。」を聴くことになる。そのことを山口一郎は知っているはずだ。それでもなお、このイントロを丁寧に作るメンバーの姿が浮かぶ。その姿勢に一切の妥協はない。

 そのテンションは、すでにサカナクションにとって日常になっているものなのだろう。実際、1年ぶりといっても、LINE LIVEを行なったり、今夏には地元・北海道で野外カルチャー・イベントを開催したりしている。 

 そして「多分、風。」の歌が始まる。サウンドの緊張とは対照的に、山口のボーカルの落ち着きぶりに、いい意味で「あれっ?!」と驚かされる。特にフレーズの終わり、「あの子」の“こ”や「なぜか」の“か”の力を抜いた歌い方に、耳が引きつけられる。正確にいえば、“こ=KO”のOの部分、“か=KA”のAの部分、つまり母音が消えていく瞬間に何かを託しているように聴こえるのだ。

 一方でサビに向かうときの盛り上げ方や、サビでの弾けたボーカルは、ポップの王道を行っている。このメリハリから伝わってくるのは、ソングライター山口が、日本語の美しさについて一段と深い表現を行ない、ボーカリスト山口がそれに応えていることだ。

 今、J-POPやJ-ROCKはヒップホップなどと混じり合い、リリックに関しての冒険が行なわれているが、結果、騒がしいアプローチが多くなっている。その中で山口は最もオーソドックスな方法に今回はチャレンジしているようだ。「畦道」や「仕草」など、J-POPやJ-ROCKで忘れ去られようとしている言葉を大切に扱っている。

 また、そうした繊細な言葉のニュアンスを反映するように、曲の途中にはフロアライクなゆったりとしたインタールードが挿入されている。こうした手法はサカナクションがライブで獲得したもので、シングル曲のアレンジとしては珍しい。だが、ごく自然にこの曲に入っているのも、このバンドらしくて興味深い。

 カップリングの「moon」は、もともと「Ame (B)」のリミックスから広げられたもの、「ルーキー」は藤原ヒロシがリミックスした作品で、僕にとってはどちらもサカナクションのライブを連想させてくれて楽しい。

 音源とライブの関係や、J-POPやJ-ROCKの進化に関して、サカナクションは独自のテーマを掲げて突き進む。「多分、風。」には1年間という長い制作期間を費やしたが、おそらくその成果はこれから次々に形となって発表されるに違いない。その第1弾としての「多分、風。」は、比類のない完成度をもって音楽シーンを席巻することだろう。

【文:平山 雄一】

リリース情報

多分、風。

多分、風。

発売日: 2016年10月19日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ビクターエンタテインメント

収録曲

1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)

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