レビュー

サカナクション | 2016.10.21

ポップスの世界を広げるサカナクションの冒険

 タイトル曲「多分、風。」は、幅広い層のリスナーを魅了するに違いない超一級のポップミュージック。そして、シンセサイザーが華やかな存在感を発揮している曲であるため、サイバーなムードを醸し出している面もないわけではないが、「生活感」と言っても良いくらいの生々しさが圧倒的に色濃いという点に、サカナクションというバンドの特異性が大いに表れている印象がする。

 では、「多分、風。」から感じ取れるサカナクションの特異性とは、具体的に語るならばどういうことなのか? まず指摘しておきたいのは、「サウンドと言葉の不思議なバランス」だ。とことん洗練され抜いた音色とフレーズで構築されているトラックは、欧米のクラブなどで流れたとしてもフロアで踊る人々をごく自然に恍惚とさせるだろう。しかし、そこに乗っている歌詞は、猛烈に和的なのが面白い。参考までに《誰もが忘れる畦道を 静かに舐めてく風走り》という部分を引用してみるが……耳に飛び込んで来た瞬間に長閑な水田の風景が目に浮かび、草木や土の香りがフンワリと漂ってくる「畦道」のような言葉を、「多分、風。」のようなサウンドに乗せるアイディアは、具現化しようとしても何処か奇を衒い過ぎた仕上がりとなる危険性の方が高い。非常に垢抜けない喩えを用いるならば、「素晴らしい焼き上がりのフランスパンに筑前煮を乗せ、ごく自然且つ美味しく食べさせる」というようなアクロバットに近いことを、この曲は形にしているのだ。ロックやダンスミュージックの他、日本のフォークソングもサカナクションのルーツにあることは、よく知られているが、これらのエッセンスが奇跡のような加減で融合しているからこそ、彼らの音楽は独特な響きやノリを獲得しているのだと思う。

 そして、さらに指摘しておきたいのは、歌詞で描く場面の切り取り方の絶妙さだ。とことん無味乾燥に表現するならば、「多分、風。」とは「自転車で女の子とすれ違った」というほんの一瞬の出来事を描いているだけの曲。しかし、その数秒間の間に主人公の心の中ではビッグバンのような衝撃と共に新しい世界が始まっていることを、この曲にじっくり耳を傾けた人ならば誰もが感じ取るはずだ。主要なモチーフとなっている「風」が引き起こす「なびいた髪」「口に入った砂」「口に入りかけていたあの子の髪」の描写などによって、大きなドラマが一気に浮かび上がるのが堪らなく心地よい。最小限の要素を抽出しつつ奥行き深い世界を作り上げるこの表現手法は、俳句に近いニュアンスで捉えることもできるだろう。

 サカナクションがアンバサダーを務める民間による月面探査プロジェクト『au×HAKUTO MOON CHALLENGE』のCMソング「moon」。藤原ヒロシがリミックスを手掛けた「ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)」も収録されている今作には、誇張でも何でもなく「気持ちいい音」しか入っていない。この3曲が世に送り出されたというのは、紛れもなく日本の音楽シーンに、また新たな宝物が加わったということだ。

【文:田中 大】

リリース情報

多分、風。

多分、風。

発売日: 2016年10月19日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ビクターエンタテインメント

収録曲

1.多分、風。
2.moon
3.ルーキー(Hiroshi Fujiwara Remix)

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