レビュー

96猫 | 2016.11.23

連載 第148週 96猫『7S』

96猫がめざしているのは、“私の歌”ではなく、“みんなの歌”だ

 ニコニコ動画の“歌ってみた”カテゴリで活動し始めて10年。96猫は着実にクオリティを上げながら、自分の制作姿勢の在り方を確固たるものとしてきた。特にメジャー2ndミニアルバムとなる今作の『7S』では、何を作るのか、誰に向かって歌うのかというアーティストとしての根本的なテーマに対して、堂々とアプローチしている姿が頼もしい。

 1曲目のリードトラック「ブラックペッパー with ろん」は、曲の展開の速さが命。♪なんて思った次の日♪と♪なんてね?♪というフレーズをキッカケにして、歌詞も声もチェンジしてスリルを味わわせてくれる。と思ったら、次の「鬼KYOKAN with 下田麻美」はさらに展開のスピードを上げてくる。息をもつかせない“入り”に、ニヤっとしてしまう。

 そして次の2曲はしみじみ系のミディアムバラード。ジワリとくる「晩秋ロストイン」は、ちょっと古くさい“晩秋”(秋の終わり)という言葉を使い、さらには“色なき風”という俳句の季語まで動員してノスタルジックな雰囲気を醸し出す。一方で「Alive」では、今度は野村義男のギターソロという“音楽的武器”を使って切なさを演出する。とにかく達者だ。

 極め付けは次の2曲。「フタリボシ with 伊東歌詞太郎」と「MOTHER ~7S Ver.~with 奥華子」はそれぞれ個性的なシンガーソングライターとのコラボで、“歌の気持ち”をしっかり伝えてくれる。

 96猫はひたすらリスナーのことを思ってレコーディングしている。歌詞やサウンドに関して、おそらく多くの意見を言っている。歌詞や曲を提供してくれる作家に対して、自己中心的な注文を出すのではなく、96猫として歌うとしたら何がベストなのかを考える。それはかつての歌謡曲がそうだったように、歌手を通してリスナーが何を聴きたいのかを最優先する音楽の作り方になっている。今、昭和の歌謡曲が注目を集めているが、96猫はそうした動きに呼応しているようにも思える。

 いろんなブレインと意見を交わしながら、徐々に形になっていく曲に対して、96猫はどんな声が似合うかチョイスしながら“自分の歌”を作っていく。だからいろんな声が必要なのだ。“七色の歌声”は、結果なのだ。

 2曲ずつ、しっかり狙いをしぼって曲を仕上げたあとの7曲目「どう考えても私は悪くない」では“歌の演技派”の実力を全開にして楽しませてくれる。というか、96猫はこの曲をいちばん楽しんで歌っているようだ。

 96猫がめざしているのは、“私の歌”ではなく、“みんなの歌”だ。“私のための歌”ではなく、“みんなのための歌”だ。それは、誰もが思い入れることのできる、新しい歌謡曲なのかもしれない。

【文:平山雄一】

リリース情報

7S

7S

発売日: 2016年11月23日

価格: ¥ 1,780(本体)+税

レーベル: Sony Music Records

収録曲

1. ブラックペッパー with ろん
2. 鬼KYOKAN with 下田麻美
3. 晩秋ロストイン ※すこっぷ書き下ろし曲
4. Alive ※ギタリスト野村義男参加
5. フタリボシ with 伊東歌詞太郎
6. MOTHER ~7S Ver.~ with 奥華子
7. どう考えても私は悪くない [bonus track]
8. ブラックペッパー -Instrumental-
9. 晩秋ロストイン -Instrumental-
10. Alive -Instrumental-
11. MOTHER ~7S Ver.~ -Instrumental-

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