レビュー
FINLANDS / 塩入冬湖 | 2019.09.04
彼女の吐露は、こじ開ける。穏便を装って内側深くにしまい込んだ記憶という名の封印を。揺らさないよう、波立てないよう、何重もの理性で包み込んだのっぴきならない感情の結び目を。本当は今にも迸りそうな熱のバルブを。彼女の繊細に震える歌声は、そうして呼び覚まされた無数の思慕とさらにシンクロし、時にはそれを過剰にもブーストさせて、聴き手の胸を震わせる。ぶり返す痛みの、けれどけっして暴力的ではなく、むしろ甘やかですらある余韻。それでいてべたつかない凛とした聴後感が本作の、そして塩入冬湖という表現者の真骨頂ではなかろうか。
7月10日にリリースされたミニアルバム『惚けて(ほうけて)』。FINLANDSのヴォーカル&ギターを務め、そのソングライティングも一手に担う彼女の3作目となるソロ作品集だ。前作『落ちない』から約1年8ヵ月、その間にもFINLANDSとして2ndフルアルバム『BI』、初EP「UTOPIA」の2作を送り出していることを思えばその旺盛な創作意欲に感嘆するばかりだが、つまりはそれぐらい彼女にとっての音楽が彼女の生活・人生・生命に深く根差したものだということだろう。前身バンドから数えれば約12年の長きに渡り、塩入と連れ添ってきたベースのコシミズカヨが今年4月にバンドを脱退、メンバーは実質、塩入1人となったFINLANDS。しかし、だからといってバンドとソロを一本化せず、おのおのに異なる出力チャンネルとして保持したまま、今回のリリースに至ったのも彼女にとってはごく自然な成り行きに違いない。他者との相互作用によって生まれるバンドマジックも、自身の望むがままにどこまでも音像を追求し得る孤高のソロワークスも、どちらも塩入冬湖という表現者には必要不可欠なのだなと後者である本作を聴いてつくづくと腑に落ちた。
収録された7曲はすべて彼女の自宅でレコーディングされた、いわば全力の全宅録。弦を滑る指遣いまで想起できそうなアコースティックナンバー「恋のままで」に始まり、時計仕掛け感満載なキュートな打ち込みがただならなさを掻き立てる「Timer」、「雪に咲く朝の花」のスローテンポで紡がれたメロディラインはしみじみと心を穿ち、淡々とクリアな鍵盤の音色が白昼夢に似た浮遊感を醸し出す「波に惚けて」ーーと1曲1曲の個性が存分に引き出された丁寧なサウンドメイクにも、一語一句やブレスにまで体温を宿した距離感の近いヴォーカリゼーションにもありありと“塩入冬湖”が立ちのぼる。そうして歌詞に綴られているのは7篇7様の恋模様、それも特段ドラマティックでもない、きっと他人から見ればささやかでちっぽけな“あなた”と“わたし”の恋愛事情だ。なのに、とても私的でかつ詩的な、赤裸々だけれど明け透けではない筆致が、私的なはずの恋愛事情を普遍の何かに昇華して、聴き手の心をこじ開けにかかる。いや、こじ開けられるというよりは、いつの間にか解かれている、そんな感覚のほうが近いかもしれない。
真ん中にあるのは“想い”は自分のものであるということ。“あなた”との関係性がどうであれ、大切なのは“わたし”が“想った”という事実。誰にも侵されない、“あなた”にさえ譲らない、強い気持ちが中心で鳴っているから、彼女の音楽は潔く清々しい。
《悲しみは一人じゃない/あなたを思った最愛の跡だ》(「雪に咲く朝の花」)
この2行に滲む、気高さといじらしさに泣けた。
なお、本作にはゲストベーシストとしてジョーザキ JAPAN( ミスタニスタ /ZOOZ)、合月亨 (Ao/ オトノエ )、コシミズカヨ (ex.FINLANDS) が参加。生の低音が生み出すうねりも必聴の要素だ。
ソロ作品集を世に出した一方で、FINLANDSも9月4日にリリースを控えている。それがバンドにとって初となるライブDVD『“BI TOUR”~16th October, 2018 at Shibuya CLUB QUATTRO~』だ。2ndフルアルバム『BI』を引っ提げて全国を回った“BI TOUR”のファイナル公演、2018年10月16日に開催された東京・渋谷クラブクアトロでのワンマンライブを、演奏された21曲すべてあまさず収めた記念碑的映像作品とも言えるだろう。当サイトでもレポートさせていただいたが、当時の記憶が、あのとき会場を満たしていた空気感やむせかえるような熱の肌触りとともに瞬く間に甦ってきたのだから驚いてしまった。聞けば10台以上のカメラを駆使して捉えられた映像だという、なるほど、だからこそのこの臨場感か。
客席の熱狂に押し流されることなく、ツアーの集大成らしい堂々たる佇まいで透徹した世界観を見せつける、ステージの在りようは今改めて観ても美しい。敢然とフロアに対峙してまっすぐな視線でオーディエンスを射抜きながら時折まるで楽曲が憑依したかのような恍惚の表情を浮かべる塩入冬湖、髪を振り乱さんばかりの勢いで猛然とビートを刻んだかと思えば、抑えたベースラインで演奏を支える職人はだしなプレイで魅了するコシミズカヨ。『BI』の制作に携わったとあってサポートメンバーの澤井良太(Gt)、鈴木駿介(Dr)もサポート以上の存在感を放って盤石のアンサンブルを紡ぎ上げる。思えばこのときバンドはひとつの完成形に達していたのだろう。10月とはいえたくさんの照明の下、トレードマークであるファー付きのコートをまとって全身全霊でパフォーマンスをしているのだから暑くないはずがなく、当然ながらメンバーの額や首筋にはひっきりなしに汗が伝っているのだが、ライトを反射するそのひと雫さえ神々しく目に映る。こんなにも綺麗で生々しいライブを具現していたのかと今にして息を呑むほどだ。アッパーに攻める前半戦から、ミディアムに聴かせるモードへと転じた中盤、エモーショナルに会場を一体化させた後半へのダイナミックな展開や、差し挟まれる塩入の独白のようなMCにも要注目。
また、本DVDには新曲をダウンロードできるシリアルコード付きのカードも封入されている。「use」とタイトルされたこの新曲はコシミズ脱退後、塩入が初めてベースまで自身で演奏して作ったものだという。ソロともまた違う手触りをもった「use」。FINLANDSが迎えた第一章の終焉、そして幕開けつつある新章の予感を映像と新曲から感じてもらえればという彼女の意志がここには込められているはずだ。蛇足ながら2600円(税抜)というフルサイズのライブ映像作品にあるまじき破格の設定にもFINLANDSチーム一丸となった想いが反映されているのだろう。本DVDのリリース後、9月16日からFINLANDSは“REMOTE CULTURE TOUR”をスタートさせる。新たな扉の向こうへと突き進む果敢な勇姿を期待したい。
【文:本間夕子】
リリース情報
FINLANDS”BI TOUR”~16th October, 2018 at Shibuya CLUB QUATTRO~
発売日: 2019年09月04日
価格: ¥ 2,600(本体)+税
レーベル: LD&K
収録曲
01. PET
02. カルト
03. yellow boost
04. バラード
05. sunny by
06. 恋の前
07. Hello tonight
08. フライデー
09. ブームダンス
10. electro
11. 勝手に思って
12. プリズム
13. planet
14. 衛星
15. ULTRA
16. リピート
17. オーバーナイト
18. ガールフレンズ
19. ウィークエンド
20. クレーター
リリース情報
惚けて(ほうけて)
発売日: 2019年07月10日
価格: ¥ 1,200(本体)+税
レーベル: サンバフリー
収録曲
01.恋のままで
02.Timer
03.old crim
04.パール
05.雪に咲く朝の花
06.波に惚けて
07.割れる