レビュー

志磨遼平 | 2020.04.20

 毛皮のマリーズでのデビューから現在に至る10年の間に発表してきた全楽曲から、志磨遼平自身が選曲したオールタイム・ベスト。昨年、ドレスコーズは“人類最後の音楽”をコンセプトに掲げたアルバム『ジャズ』を世に出した。それは架空の物語ではあったものの、志磨が直感した「人類のこれまでのシステムも手法ももうどん詰まり」であるという認識は鈍感じゃない人には通底していただろう。そして人類の歴史の中で起こるパラダイムシフトの遠因が、人智の及ばない伝染病であったり自然災害であること、それが残念ながら今、現実に起こっている。だからと言って彼を預言者呼ばわりする気はない。人々の不安や整合性の取れないシステムの瓦解の中にあって、真実や醜悪なものを暴き出してもなお美しく響き渡るもの、それが音楽であり芸術だ。

 このベスト、「RIOT」と「QUIET」の異なるテーマのもとに編まれているのだが、志磨のアーティストとしての青春期から現在に至る変遷がビビッドに時系列で並んでいるのが「RIOT」盤で、知名度の高い楽曲が並ぶ。愛と平和もどこ吹く風、君と僕が愛し合ってる以外はどうでもいい、刹那的な世界観を謳歌していたイノセントの塊としての毛皮のマリーズ時代のナンバー。次第に志磨ひとりの表現欲が蠢き出し、マリーズを解散し、しかしバンドに拘泥していたことがにじむドレスコーズの初作「Trash」。その後、アルバム毎に音楽性を変え、メンバーもその都度変化していく。ひとりきりでもロックンロールを鳴らしていた彼が、「ヒッピーズ」でダンスミュージックに、「エゴサーチ&デストロイ」でエレクトロファンクに、「人間ビデオ」でエクストリームなサウンドに、「エリ・エリ・レマ・サバクタニ」でロマ音楽を吸収・昇華したこと。それらは音楽家としての誠実さとともに、どこかイメージに殺される危機感とそのつまらなさから発生したということが、改めてベストで俯瞰するとよくわかる。が、「RIOT」盤の冒頭は最新楽曲「ピーター・アイヴァース」である。暗殺されたアメリカの音楽家の名前を冠したこの曲はアニメーション映画『音楽』の主題歌で、演奏はリンダ&マーヤ。ロネッツ的な甘やかな懐かしさとピュアネスをたたえたこの曲で、志磨は〈パンク フォーク ラップ えっと なんだっけ なんでもいっか あっとおどろく 音楽を〉と歌う。そして締めは「愛に気をつけてね」である。愛を都合よく使えない、使わない表現者の格闘と遊びが15曲に凝縮されていると言っていい。

 一方の「QUIET」盤は毛皮のマリーズのラスト・アルバム『THE END』の中でも青春の季節の終わりを象徴するようなカバー曲「The End Of The World」で幕を開け、内省的な楽曲を俯瞰した際に一つの流れを作るように選曲されている。ドレスコーズの「ニューエラ」とマリーズの「星の王子さま(バイオリンのための)」が続くことでひたひた迫ってくる王子の孤独。菅田将暉への提供曲のセルフカバー「りびんぐでっど」の究極に音数を減らしたメロウなローファイヒップホップ感のある仕上がり、菅田のキャラクターを想定している分、ドレスコーズのオリジナルとは少し温度の違う歌詞も妙にせつない。サウンド的に繋がり感のある「20世紀(さよならフリーダム)」への流れもいい。パーマネントなメンバーでポップな領域に足を踏み入れることに成功した貴重な『バンド・デシネ』収録の珠玉の「ハーベスト」から『ジャズ』のバンドネオンやホルンを用いたロマ調楽曲の中でも、嵐のあと旅立ちを待つ楽団がさりげなく演奏するような「クレイドル・ソング」も今となっては自然と並列して聴ける。そして君と僕=世界であり、それに「愛のテーマ」とタイトルをつけたマリーズのナンバーで幕を閉じる。
 
 運命共同体としてのバンドを二度解体し、作品ごとにバンドをデザインしてきた志磨だが、その生き方は、いつか終わりが訪れる関係と普遍的な愛の間で揺れるさまを描写することに誠実なアーティストのそれだ。表現者としての胆力は音楽性の変化によってむしろ炙り出される。それを証明するようなベスト。

【文:石角友香】

リリース情報

ID10+

ID10+

発売日: 2020年04月15日

価格: ¥ 3,300(本体)+税

レーベル: EVIL LINE RECORDS

収録曲

[RIOT盤]
01.ピーター・アイヴァース
02.ボニーとクライドは今夜も夢中
03.コミック・ジェネレイション
04.Mary Lou
05.ジ・エンド
06.Trash
07.ゴッホ
08.トートロジー
09.ヒッピーズ
10.スーパー、スーパーサッド
11.贅沢とユーモア
12.エゴサーチ&デストロイ
13.人間ビデオ
14.エリ・エリ・レマ・サバクタニ
15.愛に気をつけてね

[QUIET盤]
01.The End Of The World
02.ニューエラ
03.星の王子さま(バイオリンのための)
04.Lily
05.towaie
06.Silly Song, Million Lights
07.恋愛重症
08.ダンデライオン
09.りびんぐでっど
10.20世紀(さよならフリーダム)
11.メロウゴールド
12.ハーベスト
13.Bon Voyage(TV Single Ver.)
14.クレイドル・ソング
15.愛のテーマ

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