成熟するバンドの変化、そして新曲に込めた思い――尾崎雄貴ソロインタビュー。

BBHF | 2020.05.29


 2016年に活動を終了したGalileo Galileiのメンバーを中心にしてスタートしたBird Bear Hare and Fish。バンドの呼称を「BBHF」に改めた昨年7月以降、2つのコンセプトをそれぞれ作品化した2作のEP『Mirror Mirror』と『Family』をリリースし、2度の全国ツアーも成功させた彼らから、新たな配信シングルが届いた。本来はすでにアナウンスされているアルバム『BBHF1 - 南下する青年 -』がリリースされる予定だった5月27日に配信開始された新曲「かけあがって」は、新型コロナウィルスの影響下にある現状に対する、ソングライター・尾崎雄貴の素直な実感とメッセージが綴られた、シンプルだがタフな1曲だ。この曲に彼は何を込めたのか。その背景を探るために、改めてここまでのバンドの歩みを振り返りながら、尾崎の表現に起きた変化について語ってもらった。


――よろしくお願いします。こういう状況ですが、最近はどんな感じで過ごしていますか?
尾崎雄貴(Vo/Gt):まあ、もともと家に引きこもりがちだったので。家にスタジオがあって仕事も家でやっていますし、1ヵ月外出しないとかざらにあったので、実はそんなに変わっていなくて。気晴らしの散歩とかがしづらくなったなっていうのはありますけど、今のところクリエイティブ面での悪影響はそんなにないですね。
――それはよかったです。昨年の7月にBBHFっていう呼称にして、EPを2枚出してツアーもやったわけですが、ここまでの歩みを振り返っていかがですか?
尾崎:真っ先に思い浮かぶのが去年のツアーですね。そのツアー中にホテルとかでアルバムのアイディアを温めていたんですけど、まだ何も曲も出来ていないのにステージでファンに「夏頃にはアルバム出す」って宣言したりして。それでそのツアーが終わって1月に入ってから一気に曲を書き上げて……ツアーが終わってから、僕らバンドにとってはすごく長い時間制作していた気がするんですけど、振り返ってみると2ヵ月ぐらいで楽曲も完成に向かっていったんですよね。かなりスピード感があるなかで作っていました。
――ちなみに、そうやって短期間で曲作るみたいなのは普通のことなんですか?
尾崎:どうだろう? 普段から僕ら、制作にあんまり長い時間はかけないんです。1年間ずっと制作をしているというよりは、出来た曲を自分たちのスタジオの中でどんどんリリースクオリティに仕上げて進めていってしまうので、どちらかといえば早いほうかなと思うんですけど。でも今回はアルバムを夏までに出すっていうのを言っていたっていう。自分たちで期限を設けていたっていうのがポイントかなと。
――なるほど。2つの軸を同時に走らせるというコンセプトで『Mirror Mirror』と『Family』という対照的な2作を作ったわけですが、その中で見えてきたことはありますか?

尾崎:『Mirror Mirror』と『Family』の2つのコンセプトでひとつの大きな絵を表現するっていうテーマ自体は、僕ら自身が音楽を楽しむために設けたルールでもあったんですね。自分たちの中の、本来だったら別々に分離しちゃうような――その時自分の中できてる音楽はヒップホップだけど、やりたいなって思っていることはジャズに影響受けたものなんだよな、だけど普通にポップスも最近すごく好きだしな、みたいなことをひとつの作品に落とし込むのに今まで苦労してきたんですけど、その2つのコンセプトっていうのを進めたときに、自分たちの中に2つ箱が出来た感じで、自分たちのやりたいことが整理されたなっていうふうに思います。自分のソロプロジェクト・warbearも曲を書いたりしているので、僕個人としては3つに分かれているんですけど、そのおかげで、精神衛生上すごくよくて。風通しがいいんですよね。こっちがうまくいかなかったらBのプロジェクトを今日は進めようとか、そういうこともできるし。ほかのミュージシャンにもオススメしたいです(笑)。
――そうやって異なる側面から音楽を作っていくというのは、もともとやりたいこととして尾崎さんの中にあったものなんですか? それとも結果的にそうなったという感じ?
尾崎:うーん、物事ってひとつの要素でできていないと思っていて。やっぱりAとBがあったり、裏と表があったり、1と2があったり……単純に自分の世界の受け取り方なんですけど、僕はそういうふうに思っています。作品もそういうものが好きで、それぞれが違う作品なんだけど、どこかでリンクしていたり、視点が違ったりすることで、その2つの間のことが表現できる。そういうアイディアはGalileo Galileiの頃からぼんやりとはあったんですけど、それをやるだけの余裕がなかったんですよね。
――受け取る側からすると、すごく明快でわかりやすいなという感じがします。何を伝えたいのかが。
尾崎:はい。例えば、僕は男性だし、歌詞も基本的には男性視点じゃないと書けないし、難しいと思うんです。でも2つのテーマがあると、同じ関係性とかテーマを――今回のアルバムでいうと、関係を続けていったり、自分たちがやってきたことを継続していくことっていうのを描くときに、僕ひとりだけじゃない、もうひとつの女性側の視点を登場させることもできる。可能性は無限大だなって思います。でも、もっとみんな「何言ってんだこいつ」ってなるのかなと思ったんですけど(笑)、わりと面白いと思ってもらえてるようでよかったです。あと、バンドでいうと、例えば僕が完成までひとりで作ったものをリリースすることもできるし、バンドで作ったものをリリースすることもできるし。バンド内でもうちょっと自由な雰囲気にできるかなと思ったんです。実際に『Mirror Mirror』はほぼ大半を僕がひとりで書き上げているし、一方『Family』はみんなで寝食をともにしながらセッションして曲を書いたので。それも2つのテーマっていうのがあったからできたことですよね。それがなくて、僕がひとりで進めていってしまったらメンバーの反感も買うだろうし。バンドって関係性的に単純じゃないので、2つのテーマっていうのはそういう意味でも面白いなって。
――メンバーとしては『Family』みたいにセッションで作っていくほうが楽しいっていう感じですか?

尾崎:いや、正直『Family』の曲を書いてみんなでセッションしてっていうなかで、ものづくりってやっぱり関わる人が多ければ多いほど難しいっていうか、当然きつい部分も出てくるので。みんなはたぶんどっちでもいいというか、結局僕に任せてくれている感じはしますけどね。
――なるほど。あと、内容ももちろんですけど、作品のあり方自体が多様で多面的であるということを描いているというのが、すごく本質的というか。実際に楽しい、やりやすいというのと同時に、描きたいテーマのうえでもこの形が重要だったのかなって思うんですが。
尾崎:そうですね。僕的には音楽で……音楽というか、芸術というか作品で伝えたいことって……僕自身は白黒はっきりしているほうが好きなタイプなんですよ、音楽以外のことに対しては。でも音楽で、作品で人に伝えるということでいうと、白と黒の間が感じられるもののほうが好きなんです。幸せだけどつらいときがあったりとか、人間というか世界の物事ってやっぱり簡単に表せないと思うので。白と黒がなきゃいけないんだけど、そのはざまがあるから世の中複雑にできているんだって思うんですよね。
――うん、だから結局描きたいのは人間であり世の中であるっていう。その意味では『Mirror Mirror』も『Family』も、同じことを歌っているようにも聞こえます。
尾崎:そうですね。曲を作るうえではそんなに分かれていないです。こっちに入れようと思って曲を作るわけではないし、作ってみてどっちに入れようっていう感じ。歌詞のテーマとしては、やっぱり愛情というか愛をもって……人に対してだけじゃなくて、やっぱり愛っていうものが原動力になっていると思うので。それについて考えて悩んだり傷ついたりするってこと自体が尊いし、でも自分が実際に経験しているあいだはそんなこと思えない、そういうものだと思っていて。
――愛が大きなテーマとしてある、と。
尾崎:それはGalileo Galileiのときはなかったものなんです。BBHFを始めた頃から自分の中で答えが出たことなんですね。以前はもっと、例えばオシャレなものを作ろうと思ったり、僕自身が賢く見られるような文章を書こうと思ったり、そういうよこしまな思いっていうのが制作するうえでも多々あって。Galileo Galileiを終了させてBBHFになった、その期間の中で自分が人にメッセージを伝えるうえでの軸が定まったなって思っています。そしてそれはこれからも変わらない気がする。だからあんまり、歌詞を書けないとかって悩むこともなくなったんです。普段生活をしていて人と話したりしながら得たものがそのまま形になって出てくる感じになった。テーマがどんなに変わろうと、軸にある答えというのは変わらないのかなって思っています。
――その「軸」とか「答え」というのを、もう少し説明してもらえますか?
尾崎:うーん、偽ろうとしていたところを偽る必要がなくなってきたっていうか……。たぶん、人間的にもそうですけど、音楽に携わるひとりの人間としても、自分自身を受け入れて許せるようになった気がしていて。人間形成的に、僕らは多感な時期……って自分で言うのもなんですけど(笑)、それをメジャーデビューしたあとに過ごしてきたんですよね。それってすごく特殊な人生だなと思うんです。だからこそ、僕の人生の中で歪みが生じていたっていう。自分自身を強く偽らなきゃいけないし、ほんとは大したことないやつなんだけど、大したことあるやつに思わせなきゃいけないし、そう思わせたいんだっていうプライドと虚栄心があって。それがなくなったって感じかな。それは自分がチェンジしたわけではなくて、その必要がなくなったっていう。メンバーも含めて、自分たちが強いって信じられるようになったのかなって思います。
――ああ、だからBBHFの音楽を聴いてすごく「青春的」だなって思ったんですよね。内容もサウンドも。
尾崎:まあ、何が青春で何が青春じゃないかっていうボーダーラインは自分の中にないんですけど……むしろ昔のほうが世の中だったり自分の生活だったり、自分の抱く感情だったりに対して冷めた目を持っていましたね。第三者になろうとしていたんですよ。だから青春を生きてなかった――青春はしてなかったと思うんですよね。そういう意味でいうと、今はよっぽど青春しているのかなと思います。
――そういう意味でも、改めてちゃんと自分たちと向き合って、今尾崎さんは「受け入れて許した」っておっしゃいましたけど、今の自分たちの自画像をちゃんと描くということができているのが、このバンドであり2作のEPなのかなという気がします。
尾崎:たしかにそうですね。それができるっていうことはすごく幸せなことだなって思います。ミュージシャンの中にはお仕事として自分の音楽を切り離している人と、自分の生活の一部だったり、生理機能の一部、食べて消化するみたいなふうにして音楽を作る人がいて。僕は完全に、仕事として割り切れないタイプなんです。だからこそ音楽活動を通して、すごくパーソナルな自分自身という絵、写真を描き直すことができるのはミュージシャンとしてすごく幸せなことだなって思うし、実際に今それをやっているなっていう感覚があるので。それがよりできる環境を、今自分たちで作ろうとしているのかなと思います。
――それでいうと、今回配信でリリースされる曲「かけあがって」も素晴らしくて。本当に生活に密着している感じというか、今の尾崎さん自身の感情と感覚がちゃんと歌になっている曲ですね。
尾崎:アルバム自体はもう完成していたんですけど、コロナでツアーが延期になって、アルバムも延期になって……そのなかで、もう持ち曲はなかったんですよね。でも僕自身、コロナで影響はないって言ったけど、人に伝えるってことが僕にとっては生きることだったので、それが延期するっていうことがすごくつらくて。ファンががっかりしているのを見るのもつらかったから、何か1曲書かなきゃと思って書いた曲なんです。そうやって僕が弾き語りでパってデモを書いたものを、1週間ぐらいでリリースできる形までもっていきました。でもこの曲は、僕からファンへのプレゼントみたいな感じでもないんです。気持ちとしてはボヤキというか(笑)。ひとりの、一個人としてのボヤキを曲にした……テーマがなんであれ、人にものを伝えるっていうのが生きがいなんで、「俺のボヤキを聞いてくれ」っていう。
――ボヤキかもしれないですけど、でもちゃんと希望を込めたメッセージになっていると思います。<元どおりになったら>また会おうというメッセージはすごく力強いなと思います。
尾崎:いちばん最初の話に戻るんですけど、僕自身この状況で参っているわけではないので。家族もいたり友達もいたりするから倒れるわけにはいかないっていうのもあるし。だから、気が滅入ったりはしていなくて。あと、信じているのは……この状況自体、音楽だったり人を集める行為に関して、状況は元には戻らないだろうなって僕は思っているんですけど、でも世界のムード、日本のムードは光に向かっていくはずだから。そのなかで僕自身の幸せだったり、個人の思いだったり、周りの大事な人たちの幸せっていうのは僕自身が作っていくものだし、世界の状況がどうであれ、それは変わらないよなっていう。変わっていくことと、でも変わらないことというのがあって、こういう曲になったのかなと思います。
――そしてアルバムが控えているわけですけど、これがまた、2枚組17曲というボリュームで。
尾崎:今回も「2」という数字が大事だったんですよ。今作は17曲の中で、『南下する青年』っていうタイトルのとおり、僕ら自身もそうですし、移動しているんですよね。ホームから、ホームじゃないところへ。それは逃げているのかもしれないし、単純に向かうべき場所があって向かっているのかもしれない。それは聴き手に委ねたいんですけど、そのなかで北から南へっていう、場所と温度感で切り分けているんです。だから1枚目の北のほうはサウンド的にも硬質で冷たいものにしているし、2枚目はもう少し柔らかく温かみがあるサウンドにしていて。歌詞もその中でちょっとずつ視点が変わっていく感じにしていたり。それも狙って書いたわけではなくて、書いた曲を並べていったらそうなったっていうことなんですけど。
――なるほど。
尾崎:あとはアートワークにも注目してほしいです。因藤さんっていう方の作品(画家の因藤壽氏が描いた作品「麦ふみ」)を使用させてもらっているんですけど、それがかなり、僕の中で作品をうまく、楽曲たちをぐっと組み合わせてくれた感じがしていて。アルバムを作っている途中でこの人の作品が素晴らしいなと思って。それでアトリエでいちばん気に入った絵を選んだんですよ。麦を踏む人の絵なんですけど、それが僕にはトボトボ歩いている人に見えたんですよね。アルバムタイトルともつながったし、ちゃんとインスピレーションから作品をまとめられたというのがこれまでなくて、アートワークから感じ取ったことがいろんなヒントになったので、見ていろいろ想像を膨らませていてもらえれば、聴いたときにより楽しめるんじゃないかなと思います。

【取材・文:小川智宏】

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かけあがって

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2020年05月27日

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BBHF1 - 南下する青年 -

BBHF1 - 南下する青年 -

2020年05月27日

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※発売延期未定

<上>
01.流氷
02.月の靴
03.Siva
04.N30E17
05.クレヨンミサイル
06.リテイク
07.とけない魔法
08.1988
09.南下する青年

<下>
10.鳥と熊と野兎と魚
11.夕日
12.僕らの生活
13.疲れてく
14.君はさせてくれる
15.フリントストーン
16.YoHoHiHo
17.太陽

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■配信リンク

「かけあがって」
https://lnk.to/C797Oonl



■マイ検索ワード

砂場
家に屋上があって、「かけあがって」のミュージックビデオもそこで撮ったんですけど、そこに子ども用の砂場を作りたいなと。外に出れないから、遊べるようにしてあげたいなと思って。



■ライブ情報



有料配信ライブ”mugifumi ONLINE”
06/19(金)20:00~
チケット購入URL:https://eplus.jp/bbhf-st/

※その他のライブ情報・詳細はオフィシャルサイトをご覧ください。

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