現在進行形の映画を見ているような きのこ帝国、キャリア初のワンマンライヴ
きのこ帝国 | 2013.05.17
ポストロックやシューゲイザーに影響を受けたサウンドと、ギター&ボーカル・佐藤の独特の影と美しさを持った歌声で、急速に人気を拡大させている男女混成バンド「きのこ帝国」。2月に初のフルアルバム『eureka』をリリースした彼らが、計8公演におよぶレコ発ツアーのファイナルとなる初ワンマンを行った。
早々にチケットがソールドアウトしたこともあり、開演時間間際になっても続々と詰めかける観客。普通なら前のほうがギュウギュウ詰めになるものだが、彼らの内的な音楽性ゆえだろうか、この日は「前のほうが空いてますのでお詰めください」と係員が促していた姿が印象的だった。
そうしたこともあってか、ライブは予定より15分ほど遅れてスタート。mouse on the keysの「最後の晩餐」がオープニングSEで流れると、ギター・あーちゃんが先陣を切って飛び出し、ベース・谷口とドラム・西村の男性陣がゆっくりステージへ。そして、少し遅れて現れた佐藤のスタンバイが整うと、1曲目の「足首」が静かに始まり、続いて繊細で清らかな声が響き渡る。はじめは静謐さすら感じさせるサウンドから、徐々に音圧が増していくこの曲では、Kuritez(あらかじめ決められた恋人たちへ)のテルミンの演奏も加わり、終盤には洪水のような音が場内を覆い尽くしていく。さらに強烈な逆光の照明はクライマックスかのような興奮を呼び、一気にフロアを引き込んだ。
音源の時間でいうと8分40秒にもなるスケールの大きな曲を1曲目からブチ込み、この後の壮大なストーリーを予感させた彼ら。しかし、ここから先は水面に出てきたかと思えばまた潜るような、光を見つけたかと思えばまた暗闇に落ちるような、そんなせめぎあいの時間が続いていたように思う。それは決してネガティブな意味ではなく、きのこ帝国というバンドの中で渦巻く愛憎や失望、不安、葛藤、そして微かな希望といった複雑な感情を表現する時間だったとでも言えばいいだろうか。哀愁の中にどこか清々しさも感じる2曲目の「Girl meets NUMBER GIRL」で、扉を開いたかのように見えたと思えば、続く「夜鷹」ではぐるぐると考え込んだ挙句、夜の闇へと沈み込んでいく。5曲目の「平行世界」では、バンドサウンドがじわじわと熱を上げていく中で、佐藤の歌声はひたすら平熱を保つ。そして、あーちゃんの効果音のようなギター、何かを諭すようなコーラスも印象的だった「退屈しのぎ」では、内なる世界へとさらにエネルギーを増していく。
何かスイッチが入ったように感じたのは、アルバムのリードトラックにもなっている「ユーリカ」だ。真っ赤な照明とともに、動脈を刺激するようなベースライン、危機感を煽るように耳を突くギター、タイトに引き締まったドラムが鳴り響く。そして、その中から浮かび上がる神聖さすら感じさせる歌声は、これまで内へ内へと溜め込んだエネルギーが昇華したようだった。すると、次の「国道スロープ」では一転して疾走感のあるギターロックを鳴らし、しがらみから脱却したように一気に躍動。フロアからも自然と手が挙がり、大きな歓声が沸き起こった。極めつけは“仰いだ青い空が青過ぎて/戸惑いも忘れて”と歌う「WHIRLPOOL」。ゆっくりと紡がれるやさしいメロディーが体に染みこんでいき、ここまで続いてきた緊張が一気に解き放たれたような感動的な瞬間だった。
しばしの沈黙が流れた後、「The SEA」、「風化する教室」、「Another Word」と、佐藤の歌声が切なく訴えかける3曲を続けて披露し、12曲を終えたところで、ようやくこの日初めてのMCが入る。結成以来初めてのワンマンへの思いを述べるあーちゃん。拙い言葉ながらもバンドにとって重要なライブであることは存分に伝わってきたし、事実今日を境にバンドが新しい世界へ漕ぎだすような感覚は誰もが受けていたと思う。その後に披露された「ミュージシャン」では、“不安を抱えて老いぼれてゆくんだろう”と歌う佐藤を、メンバーが後ろからやさしく支えるように演奏する姿が印象的で、最後はこれでもかというほど強く光る照明が、バンドの未来を照らし出すようだった。そして、曲名通り夜明けに向かって生命力が満ちていくような「夜が明けたら」で本編が終了した。
アンコールでは、あーちゃんの“個人的に楽しみたい”という希望により、観客をバックにした写真撮影が行われるなど微笑ましい場面もあったものの、“なんかぜんぶめんどくせえ”のフレーズが強烈に印象に残る「春と修羅」では、これまで見せてこなかった佐藤の生々しい感情があらわになり、血の通った声が観客を圧倒する。しかし、このバンドらしいなと思うのは、続く「明日にはすべてが終わるとして」で、再び内省的な世界へ戻って終わったこと。幻想的でキラキラとした世界観を見せたこの曲でそう思うのは勘違いかもしれないが、“曖昧なあなたに救われて/未来なんていらないやって、笑うのさ”と歌う佐藤の姿は、まだまだ内なる自分との戦いが終わっていないことを証明しているように感じたのだ。
個人的にはここで締めたほうが美しかったんじゃないかと思いつつも、2度目のアンコールで初披露となる新曲と“ずっとやってなかった曲”という「スクールフィクション」を披露して終了。ただただストイックに自分と向き合い、これまでの自分たちの歩みを振り返るように葛藤する姿をさらけ出した約2時間。穴から抜け出そうと必死にもがいているようで、実はまだ穴の中にいたいんじゃないかとか、なかなか他人には理解してもらえないややこしい心の動きはとてもリアルだった。人間の感情とは、決してきれいごとでは表現できないややこしいものだ。きのこ帝国の音楽は、佐藤のとても個人的な世界、そしてそれと運命共同体のように存在するバンドのとても小さな世界を描いた物語だと思う。しかし、その物語がこの先どういう展開を待っているのかはわからない。あくまで4人の世界を描き続けるのかもしれないし、世界中を巻き込む大きなものになるかもしれない。初のワンマンはその転換点ともいえる、現在進行形の映画を見ているようなドラマティックな時間だった。
【取材・文:タナカヒロシ】
【撮影:Yuki Kawamoto】
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リリース情報
セットリスト
1st full album “eureka” release tour「すべてを夜へ」
2013.5.6@代官山UNIT
- 足首
- Girl meets Number Girl
- 夜鷹
- 畦道で
- 平行世界
- 退屈しのぎ
- ユーリカ
- 国道スロープ
- WHIRLPOOL
- The SEA
- 風化する教室
- Another Word
- ミュージシャン
- 夜が明けたら
- 春と修羅
- 明日にはすべてが終わるとして
-
W Encore
- 新曲
- スクールフィクション
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