レビュー
柴咲コウ | 2011.02.14
驚くなかれ、柴咲コウのニューシングル「無形スピリット」の歌は、主に記号から成り立っている。幾つかの記号を並べることにより、点が線につながり、聴く者の観点やイメージから、めくるめく物語が広がっていく仕組みだ。
記号は凄い。色々な情報が一つの文字や形に詰まっていたりする。例えば、円周率(π)や空集合(Φ)、かと思えば、スケール大きく「∞(無限)」なんてものがあったりして。そして、それら一記号を見ているだけで、そこに詰められた情報量を瞬時に察したり、思いを馳せさせたりする。
そんな彼女が今回自分のものにしたサウンドのモチーフは、ポストロックやマスロック、そして、エレクトロといった類い。いわゆる「二進法ロック」に「十進法ロック」を上手くブレンドし、その上で自身の歌世界を合わせることで、ここに新たな「ミュージシャン柴咲コウの新境地」たるものを完成せしめている。カンカンに張ったスネアに16ビートのハイハットを中心とした変拍子感たっぷりのドラム、ファンキーなギターカッティング、ウネり動き回るベース、キラキラしたり、ノイジーに切り込んだりとシンセのウワもの音がきらびやかさを生み出しており、そこに音の一部として自身のコーラスが、あえての「温もり感」を加えているのだ。
そして、歌。これだけライヴ感や臨場感たっぷりでありながらも、あえて彼女の持つ雰囲気を歌声にしたかのような平熱感たっぷりの歌声を乗せることで、バックのサウンドと有機的に融合し、ある時は冷たく響き、ある時はエモーショナルに響いたりする。そこで歌われているのは、ばらまかれた記憶や物語や行為や思考の断片たち。その一つ一つランダムにちりばめられた記号が、サウンドに合わさり、聴く者の頭で、整理され、並べ変えられ、そこから先を思い描き、各々の中で物語を完成させる。誠に、聴き手自身の中で完成させる楽曲だ。
そして、同時に配信開始されたのが、現在公開中の話題の映画『嘘つきみーくんと壊れたまーちゃん』の主題歌「サヨナララブ」と、挿入歌「ルージュの伝言」。
「サヨナララブ」は、4つ打ちを基調に、適度な上昇感を有したビートの上、別れの情況直後の心情を振り返り、歌われながらも、それをきっぱりと振払う強い意志や健気さがうかがえる切ない歌詞と歌声が合わさったアンバランスさがバランスさが魅力なナンバー。
一方「ルージュの伝言」の方は、荒井由実の代表曲のカバー。オリジナルの50's感たっぷりだったのに対し、その雰囲気を上手く残しつつも、テンポアップや音の抜き差しや起用楽器、不思議な裏打ち感に、柴咲の柔らかい歌声が乗り、なんだか神秘性を掻き立てる内容となっている。
これら新曲たちは、聴く者の多くに、また彼女の歌や表現の幅を広げたことを告げると同時に、彼女のミステリアスさや深さ、今後の動向を気にさせてしまうことだろう。
【 文:池田スカオ和宏 】