レビュー
エレファントカシマシ | 2013.11.20
いい声だ。
アコギを伴い、語りかけるように歌うその声には、歳を重ねた者にしか出せない滋味がある。それは荒野から聞こえてくる口笛にも似て、孤独で温かい。その人の人生は顔に現れるというが、声にもきっと現れるんだろう。文字通り、渾身の歌。それは単なる熱唱とは、似て非なるものだ。
いい曲だ。
真っ白な紙に心のままに筆を下ろしたかのようなメロディと歌詞。静けさと力強さの中に立ち昇る情緒。フロントマン・宮本浩次の左耳外リンパ瘻のため活動休止を余儀なくされたバンドが上げる復活の狼煙、というにはあまりにも寡黙、だからこそ奥深い。
いい顔だ。
数ある宮本ひとりのジャケット写真の中でも、長いトンネルを抜けて再び世の中に現れた、少しの疲れととまどい、はにかみを滲ませながら、すべてを受け入れたような表情で前を向く。それは1996年のシングル『悲しみの果て/四月の風』のポートレイトを想起させる。レコード会社リストラ、病気。いずれも本人の意志とは別のところで向かい合わなければならなかったターニング・ポイント。それでも、復帰、復活、再スタート、といった気負いを感じさせない普遍的な名曲がここでまた生まれたことは、偶然ではなく必然だったのかもしれない。
宮本が健康を取り戻し、バンドを続けていく中で、この重大なトピックが自然と風化するであろう10年後、20年後に、この「あなたへ」がどう響き、どんな存在になっているのか。それをぜひともこの目と耳で確かめたい。それがこの曲から揺り起こされた、明日へのささやかな希望だ。
【文=篠原美江】