レビュー

井上苑子 | 2017.07.24

 夢と恋。どちらか1つを選べと言われた時、どちらを選ぶのが正解なんだろうか。夢ではなく、学業や仕事、自分のやりたいことと置き換えてもいい。もちろん、両立できればそれに越したことはないが、1つのことしか向き合えない時期はきっと誰にでもあるはずだ。

 女子中高生を中心に同性からの支持が高い、現在19歳の現役女子大生である井上苑子がニューシングル「なみだ」をリリースする。前作「メッセージ」からは約3ヶ月ぶり。昨年の夏は、片思いの相手に対し、<君のことが大好きだ>とストレートに告白するアッパーなサマーソング(ライブでは投げキッスのフリもある)をリリースしたが、「なみだ」はシングルの表題曲としてはメジャーデビュー以降、初の失恋バラードとなっている。夏フェスで一緒に歌い、踊り、叫びたいという人は、カップリングに収録されたMIZUNO「ミズノ部活応援宣言!」のキャンペーンソングに起用された明るいポップロック「スタート!」を聴いてもらうとして、ここでは「なみだ」についてじっくりと考えたい。

 作曲と編曲はインディー時代からの人気の楽曲「線香花火」「青とオレンジ」「赤いマフラー」を手がけたSUPER BEAVERの柳沢亮太。映画「ソラニン」や「君と100回目の恋」も担当しており、バンドマンの日常に寄り添い、人生に一度しかない青春時代を輝かさせてくれるバンドというイメージがある。イントロには波の音が入っているが、<話がある>と言って“あたし”を呼び出した“あなた”は、<今年は海に行けないな>と話し始めており、2番では<去年の夏に/二人きりでした/線香花火>とあるので、去年、二人で行った海でのデートを思い出していることになる。作詞は共作で、高校生の夏の青春の心象風景を詰め込んだ「線香花火」へのオマージュも込められているだろう。ポイントは、やはり“あなた”という人称。「線香花火」を含め、高校時代の彼女のラブソングは“あたし”と“君”の物語であったが、この曲では“あなた”と呼び、夢を追いかけたい“あなた”の気持ちを察し、<あのさ>としか言えずにいる“あなた”に対し、まだ好きだという自分の気持ちには蓋をしたままで、<私なら大丈夫>と嘘をつき、1つの恋を終わらせる。“あなた”を思いやる気持ちで溢れた、少し大人のラブスストーリーとなっている。

 お互いに好きなままで終わってしまう恋。アウトロで再び聞こえる波の音からは、“あたし”がひとりで思い出の海にやってきているような風景さえ想像させる。歌う彼女の瞳からは涙が流れているだろう。二人の選択は果たして正しかったのか。自分ならどうするだろうか。いい恋愛映画を観た後のような余韻が残り、井上苑子の歌声が引き連れてきたどうしようもなく切ない夏の風景が、未だ消えずにいる。

【文:永堀 アツオ】

tag一覧 シングル 女性ボーカル 井上苑子

リリース情報

なみだ

なみだ

発売日: 2017年07月26日

価格: ¥ 1,200(本体)+税

レーベル: ユニバーサルミュージック

収録曲

01.なみだ
02.雨のラブソング
03.スタート!
04.なみだ(Instruments)

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