レビュー
くるり | 2017.09.22
岸田 繁の歌い方が変わった。そう誰もがすぐさま気づくことだろう。柔らかな声質を温めながら、丁寧に音節に声を乗せていく。まるで大地をしっかりと踏みしめるように、一つ一つ噛みしめながら言葉を音に寄せていく。感情のおもむくまま歌にぶつけるような、あるいは棒歌いのように淡々と言葉を綴るようなヴォーカルはここにはない。まずその事実に驚く。
リリースされたばかりのDVD『くるくる横丁』に封入された特典CD「How Can I Do?」。単独発売はないし、ディスクにもこの1曲が収録されているだけだが、育児休暇中のメンバー、ファンファンが久々に録音にも参加(トランペット・ソロ)した曲でもあるこの通算30枚目(!)となるニュー・シングル、くるりにとって…いや、少なくとも岸田にとって大きな転換点になりそうな1曲であることに間違いはないだろう。歌い手としての開眼という点で、過去くるりのバンド史においてここまで進化したことはなかったのではないか、と思えるほどこの曲での岸田のヴォーカル・スタイルは劇的な変化を遂げている。特にサビの、“どこでも君と”の“キ-ミ-ト~”の部分、実際のテンポより心もちタメてゆっくりと音階を辿る箇所が最も象徴的だ。音節を切らず一つ前の音と一つ後の音をテヌートで繋げていくような流線形的なヴォーカリゼイションは、浪曲や浪花節の例を出すまでもなく日本の伝統芸能の唱法であり、その後演歌や歌謡曲、ニュー・ミュージックの時代にも受け継がれた、日本人の情緒性と密着したスタイルと言っていい。
ただし、こうした歌い方とロックンロールやダンス・ミュージックとの相性は決していいとは言えない。だから、厳密に言うと、“変わった”のではなく意識的に“変えた”と言うべきなのだろう。先日、岸田 繁と少し対話する機会があり、この「How Can I Do?」のヴォーカルの変化について訊ねてみたところ、変えるタイミングを迎えた理由がいくつかあったのだという。一つは、岸田にとって初の本格的書き下ろしシンフォニーで、昨年12月に初演され、その後CDでリリースもされた『交響曲第一番』。その後、今度はNHK京都放送局の平日夕方のニュース番組『京いちにち』のエンディング用に「宿はなし」の管弦ヴァージョン(現在オンエア中)を制作した際、ヴォーカル録音をするにあたり、これまでのバンド・フォーマットでリズムに合わせる手法では歌いきれなかったことでハッと気づいたそうだ。ロック・バンドの中で歌う時にはほとんど意識していなかった呼吸法が、オーケストレイションをメインとするアレンジや管弦楽の中で歌う時には何より必要だということに。
と同時に、いい歌を作って歌うためには、自分自身の人生や生き方に対して強く自覚的になっていかないといけないと気づいたことも大きいと話す。思いつきで西に行ったり東に行ったり、のらりくらり風来坊的に音楽に接する気ままな良さがこれまでのくるりの歌を形作ってきたとしたら、40代に入りコンポーザーとしての挑戦も新たな領域に入った一人の人間としての成長がこれからのくるりの素地になっていってほしい。この曲での歌い手としての変化の背後には、岸田自身のそんな願いが込められているのかもしれない。
加えて、岸田自身が中学の頃に好きだったCHAGE and ASKAの飛鳥 涼の歌い方を真似していたら、歌っていて気持ちのいいツボのようなところを突き詰めているうちに自然と歌い方が変わってきたという。実際に、その飛鳥 涼、美空ひばり、長渕 剛のような歌い手へのシンパシーがこの曲で正攻法に表出されたと言ってもいいだろうか。まあ、くるりのキャリアの中で強いていえば、アルバム『NIKKI』の頃の歌い方が最も近いかもしれない(ライヴDVDの『くるくる横丁』でも確認できるが、昨年のツアー《『くるりの20回転』リリース記念ツアー「チミの名は。」》で『NIKKI』からの曲を多く披露しているのは偶然か)。
それに対して…というか、その歌い方の変化と自然とシンクロするかのように楽曲とアレンジ、録音もここでは『NIKKI』を連想させるような柔らかで少々アンティーク感のあるサウンド・プロダクションになっている。AメロからBメロあたりは和製ウォール・オブ・サウンドの「冬のリヴィエラ」「熱き心に」などを連想させるし、サビ部分はこちらもヴィンテージ録音に凝っていた時代のレニー・クラヴィッツが手がけた頃のヴァネッサ・パラディを思い出させるほど。実際にここではヴィンテージ・ドラムやヴィンテージ・マイクをレコーディングで使ったのだそうで、加えて、岸田自身によるダイナミックなストリング、ホーン・アレンジに寄り添うように、佐藤征史はここではコントラ・バスを弾いているという。その一方でイントロでは、『鉄腕アトム』の時代の近未来的チープな電子音がサウンド・エフェクトとして聞こえてきたりもする。まるで、この先に待っている新たな時代の夜明けに思いを馳せるかのような、甘くメランコリックだが晴れ晴れとした清潔感のある曲だ。
鮮やかに洋の東西様々な音楽の歴史を横断しながら、遠い未来を曲のはしばしに託した今のくるりは、ただただ21年目以降も転がり続けるだけのロック・バンドではもはやない。なぜ音楽を鳴らすのか。いや、なぜ音楽は鳴るのか。その真理をカジュアルなポップ・ミュージックという命題の中で静かに掴みとろうとするファンタジックなリアリストだ。貴方のいる、そこに音楽はあるか? 現在のくるりはそんなテーゼを投げかけているのかもしれない。
【文:岡村詩野】
リリース情報
リリース情報
くるくる横丁
発売日: 2017年09月20日
価格: ¥ 5,500(本体)+税
レーベル: ビクターエンタテインメント
収録曲
『くるりの20回転』リリース記念ツアー
「チミの名は。」
at Zepp Diver City TOKYO
*DVDはDISC1収録
01. ワンダーフォーゲル
02. トレイン・ロック・フェスティバル
03. 魔法のじゅうたん
04. 愉快なピーナッツ
05. BIRTHDAY
06. Bus To Finsbury
07. Morning Paper
08. Tonight Is The Night
09. 琥珀色の街、上海蟹の朝
10. ふたつの世界
11. 京都の大学生
12. 帰り道
13. Long Tall Sally
14. Superstar
15. ロックンロール
16. Ring Ring Ring!
17. HOW TO GO
18. 街
19. 虹
-ENCORE-
20. The Veranda
21. 遥かなるリスボン
22. 春風
23. 夜行列車と烏瓜
24. WORLD’S END SUPERNOVA
25. Liberty&Gravity
本編LIVE: 133分
特典映像
*DVDはDISC2収録
●「くるりの20回転ワープ」
from SPACE SHOWER TV
●-公開練習-
01. 尼崎の魚
02. Jam Session
03. 虹
04. 7月の夜
05. 夜行列車と烏瓜
06. モノノケ姫
07. ばらの花
08. GO BACK TO CHINA(イントロ)
09. ARMY
10. 東京
特典映像: 103分
合計:236分