“秦にしかできないポップ” 新しい自分らしさを提示した秦 基博のニューアルバム
秦 基博 | 2013.01.23
先行シングルは、切ないメロディが全編を貫く「初恋」と、ポップなロックナンバー「グッバイ・アイザック」という対照的なダブル・タイトルとなった。さらにニューアルバム『Signed POP』は、1曲ごとが際立った印象を持つカラフルな内容。アーシーなグルーヴもあれば、ピアノのアルペジオで始まるリリカルな曲もある。どれも秦らしい音楽なのだが、その“秦らしさ”は以前にも増してその曲の雰囲気をストレートに表現することに注がれている。
1曲の中に紆余曲折があるのではなく、ひとつの感情を徹底的に突き詰めた曲の集合体としてのアルバムが、全体として秦らしい人間味を漂わせる。
4作目となる『Signed POP』で、秦は何を提示しようとしているのか。アルバムにまつわる話を聞いてみた。
- EMTG:「初恋」は、秦くん作品には珍しく曲調がマイナーのままで最後までいくね。
- 秦:マイナー調で自分らしい曲を作ってみようというテーマがあって、作り始めたんですよ。
- EMTG:これまでの秦くんだったら、マイナーで始まって、サビで明るいメジャーになるっていうタイプが多かったもんね。
- 秦:そうなんですよ。どっぷりマイナーで作るのは、難しかった。でもいよいよ作るとなったら、結果、強い曲になりました。新しい“秦らしさ”が出せたと思います。シングルを狙って書いたわけではないんですけど、自分でも先行シングルとしてもいいかな、と。
- EMTG:そこから歌詞を書いた?
- 秦:メロディができたところで、「別れ」を書こうと思って。ただ「別れ」をどう消化して歌詞にするかは、難しかったです。青さと透明感のある別れの感情を、どう歌詞として成立させるか。しばらく書けずにいたんですけど、「初恋」ってタイトルが浮かんだら、バーっと書けました。
- EMTG:サウンドは?
- 秦:きれいな旋律に対して、サウンドで汚したいなと思っていた。自分が作ったデモテープでベースを歪ませたときに、「これは亀田(誠治)さんだな」と思ったんです。亀田さんとは4年ぶりになるんですが、この4年間、自分がやってきたことを踏まえて、新しいポイントになるこのタイミングで亀田さんといいものができそうな気がしました。
- EMTG:椎名林檎の「ギブス」みたいな音だなと思ったんだけど。
- 秦:レコーディング・メンバーがドンズバで同じなんです(笑)。
- EMTG:そうだったんだ(笑)。途中で“チェンバロ”(注:バロック音楽で使われる鍵盤楽器)が入るのも、面白かった。
- 秦:チェンバロのアイデアは亀田さんが出してくれて、歪んだベースとともに、それを活かしてアレンジしてもらったんです。曲の 持っている“初期衝動の色み”を反映させてサウンドを作っていきましたね。
- EMTG:どっぷりマイナーな曲調と、エッジの効いたサウンドのマッチングが成功してるね。
- 秦:「初恋」だけじゃなく、今回のアルバムはそれぞれの曲の顔をどうやってはっきりさせるか。これまで3枚のアルバムを作ってきて、何をやっても自分の歌になるなという確信があったので、1曲1曲のキャラをはっきりさせることで、カラフルなアルバムにしようと思ってました。極端に言えば、音楽はバラバラでも、根はブレないっていう。自宅に作業部屋もできて、時間を気にせずにメロディと向き合って、2カ月間、納得いくまでやれましたね。
- EMTG:曲ごとのカラーがはっきりしていて、本当にバラエティに富んだアルバムになってる。たとえば「現実は小説より奇なり」は、もろに大人のポップでびっくりした。
- 秦:この曲はアコースティック・ギターの雰囲気を残しながら、ソウル・ミュージックとかAOR(アダルト・オリエンテッド・ロック)の感じを出したかった。なので、アレンジは鈴木正人さんに頼んで。鈴木さんは、少ない音で和音を積むのが、とても上手い方。ブラス・セクションも、歌を支えるように使うことに気を配りました。ただし、やり過ぎるとオシャレになり過ぎちゃうから、そこは気をつけましたね。
- EMTG:かと思うと、「ひとなつの経験」は、ダンサブルなビートの曲。
- 秦:アコースティック感のあるダンス・ミュージックをやりたかったんです。ドラムは割と古めかしい音なんだけど、ギターだけはエッジの立った新しい音にして、メロディが二つあるような感じのハモりを付けて。
- EMTG:それぞれの曲で、何をやりたいのかがはっきりしてる。
- 秦:そう、自分の中の表現したいものを、より明確にしていったんです。
- EMTG:アルバムのオープニングの「Hello to you」は、秦くん得意の弾き語りの曲だね。
- 秦:他の曲が全部できたところで、アルバムの導入として「弾き語りの1曲目を作ろう!」と思って、最後に作りました。自分の世界への“わかりやすい導入”というか。だから歌詞も、アルバム全体を総括するように書きました。
- EMTG:歌がいい意味でラフで、気持ちがいい。
- 秦:音程もリズムも、正確だからいいっていうものじゃない。“その時の感情”が出ている方が、説得力がある。そういう“優先順位”は、経験的に明確に持ってます。
- EMTG:アルバム・タイトルを『Signed POP』にしたのは?
- 秦:“秦のポップ”を、きちんと提示したいということで“署名入りポップ”っていう意味合いがあります。
- EMTG:それにしても思い切ってカラフルな内容だね。
- 秦:もしかしたらイヤだっていう人がいるかもしれないですけど(笑)、新しい価値観を見い出していかないと次に進めないですからね。ひとつひとつの歌のカラーをはっきりさせることで、新しい自分らしさを提示できたんじゃないかなと思ってます。自分の音楽を通して何かを見つけようとしている人に、サインを送っている部分もあります。それを裏のテーマにして、あくまで表のテーマは“秦にしかできないポップ”ということなんです。
- EMTG:そしてツアーに出る!
- 秦:はい。ギターが久保田光太郎さん、ドラムが河村“カースケ”智康さん、ベースが鹿島達也さん 、キーボードが皆川真人さん、というメンバーなので、僕もツアーが楽しみです。『Signed POP』で提示した、新しい秦のポップを楽しみに来てください。
- EMTG:ありがとうございました。
【取材・文:平山雄一】
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