【前編】アルバム『COME RAIN COME SHINE』をリリースする布袋寅泰のロングインタビューを掲載!

布袋寅泰 | 2013.02.01

 アーティスト活動30周年と50歳の誕生日を自身で見事に祝った後、布袋寅泰は昨年夏にロンドンに移住。世界を視野に入れた活動を開始した。その第一歩として、まず本拠ロンドンで年末にライブを敢行。一方、先行シングル「Don’t Give Up!」に続いて、2月6日にアルバム『COME RAIN COME SHINE』をリリースする。
 注目のニューアルバムは切れのいいギターが前面に押し出されていて、BOΦWYを連想させるポップ感と、いかにも英国ロック調の組曲を含む爽快な作品になっている。
 気合充実の新たなスタートを切った布袋に、新作と心境について聞いた。なおEMTGの読者に向けての、思いを込めた超ロング・インタビューになったため、スペシャルとして2回に分けてお届けする。【前編】

EMTG:去年の12月に行なわれたロンドン・ラウンドハウスでのライブは、どんな感じだったんですか?
布袋:ロンドンではなんと20年ぶりのライブだったんだけど、やっぱり20年前とは随分違いましたね。ギターを思うように鳴らすことができたし、肩の力も抜けてやれた。日本からもたくさんのファンが来てくれたし、ロンドン在住の日本人の方も多かったので、オーディエンスは半分以上は日本人の方だったのかな。で、始まったら布袋コールが沸き、いつものライブと同じような気分だったんだけど、それでも後ろの方や真ん中のあたりには現地の方もいた。1曲ごとにどんどん客席の一体感が増していって、最後はロンドンの人の方が盛り上がってたぐらいでしたね。
EMTG:充分、手ごたえはあったんだね。
布袋:うん。やっとまた扉が開いたっていうか。元々僕はロックに出会った頃から、いつかはプロになりたいっていうのと同時に、いつかワールドツアーをやりたいと思ってた。昔はよく音楽雑誌でJALのハッピを着た外タレさんを見ていて、「ロックンロールは世界中を旅するものだ」っていう印象もあったしね。それでBOΦWYで一生懸命やってきて、ひとつの成功があって、終わりがあって。ソロになって、“GUITARHYTHM”で「次は世界だ!」って勢い込んだんですけど、そこから日本でもやりたいことがたくさん出てきた。チャートに最高のロックンロールをぶん投げたいとか、ギタリストとしてのアイデンティティをしっかりと手に入れたいってものもあったり。なんだかんだ言っているうちに、足踏みしてたわけじゃないけど、気づけば20年ぶりかっていう感慨はありました。
EMTG:現時点でのロンドンの音楽事情は、どうなんですか?
布袋:やっぱりビックバンドっていうか、この前のストーンズもそうだけど“ロック・レジェンド”達は未だに良い音出している。それと、ロンドンは意外とジャズシーンが強かったりする。あいかわらずいろんな国のいろんな人種がいるから、音楽の楽しみ方はそれぞれ自由ですね。
EMTG:そんなロンドンで、布袋くんはこれからどんな活動をしていくのかな?
布袋:独りよがりになってもいけないし、何よりも自分の想いとサウンドが一緒になっていないと届かないと思う。今回は僕にとって大きな意味を持つコンサートだった。というのもファンの皆さんにお披露目っていう気持ちもあったけど、これから来年、再来年、今後のヨーロッパの活動へのプレゼンテーションでもあったわけで、そういう関係者の皆さんも多かった。映画「キル・ビル」のテーマ曲はみんな知ってるけど、実際、日本のロックスターとしてどんなことをやってきたのか、品定めにくるわけですよね。経歴はあくまでも日本のことだし、実際に目で、耳で確かめにくる。そういった緊張感はあった。だけど最終的には社交辞令も半分かもしれないけど、来てくれた人みんなが熱狂的に受け入れてくれたと思う。
EMTG:順調なスタートだったと。
布袋:そう。でも厳しいよね。そう簡単に思い通りには行かない。「TIME」(ロンドンの情報誌)のレビューに出たけど、星2つの惨憺(さんたん)たるものだった。いろんな反応がダイレクトだから、今後どういうところと組んで、どんな風に入って行くのかっていうのを自分から動いていかなきゃいけない。来年はフェスを何本かと、UK、ヨーロッパツアーも出来ればやりたいし。まずはライブハウスの方が絶対にいい。スタートして、誰かにちゃんと届いてるっていう、そういう確かな手応えはありましたね。
EMTG:そんな状況の中で、ニューアルバム『COME RAIN COME SHINE』をリリースする。
布袋:『COME RAIN COME SHINE』は確かに渡英第1弾なんだけど、あまりそういった決意や重い作品ではなく、どちらかと言うと逆に、軽やかな一歩を踏み出すためのアルバムだと思ってる。というのも30周年を迎えて、50歳になったっていうのもあり、アニバーサリー・イヤーは僕にとって大きな節目だった。だから次の1歩っていうのは、たまたま渡英や次へのチャレンジと重なったけど、なんか軽やかに踏み出したいなっていうのはあったよね。それがこの作品にも反映されていて、良い意味で軽いというか聴きやすいというか。
EMTG:若返ったっていう感じも(笑)。
布袋:若返った?(笑) いつもアルバムのレコーディングが終わると、それを聴き直したときに、「また力入っちゃったなぁ?」って思うことが多い。自分で聴いてて疲れるんですよね(笑)。それでよく反省する。それが今回は久々に6ヶ月ぐらい、長い時間をかけて作ったものだったから、軽くなってるのかもしれない。
EMTG:ロンドンへの引っ越しもあったし。
布袋:うん、もう段ボール百何十個ですよ(笑)。まぁそんなこともあって、ちょっと俯瞰して自分の作品を作ることができた。レコーディングに酔わなかったっていうか。だからいつもの反省を超えられたと思うんですよね。頑張りすぎなかったっていう。全部、生ドラムでやったのも良かったし、歌詞も僕を含めて4人が書いて、そのバランスも良かった。ひとつのイメージとして、頂上に至ったっていうわけじゃないんだけど、30周年の一連の流れが終わったときに、自分が小高い丘の上にいる感じがした。その丘の上には強い風が吹いていたり、晴れた空の向こうにはなんかどす黒い嵐のような予感があったり。その丘っていうのは、これからのいろいろやこれまでのいろいろを感じるような場所で、そこで俺は両足を踏ん張ってしっかり立っている。明日を睨みつけるんじゃなくて、なんか微笑んでいるというか、その風を受け入れているっていうか。そんなイメージでアルバムを作りたいなと思ってたし、そのイメージをみんなと共有したいと思ったんですよね。だからサウンドも歌詞の方も抜けがいい。颯爽としたアルバムになったような気がするね。
EMTG:オープニングの「Cutting Edge」は、いきなりシャープなギター・カッティングが飛び出してきて、目が覚めるような曲!
布袋:1曲目はどれにしようかなと思ったけど、少しアバンギャルドなものがいいよねって思って。これ、普通は2曲目でしょ?(笑)
EMTG:そうかも。だから驚いた。
布袋:今回は生ドラムってことで、ギターとビートがひとつになっていくようなデジタルなサウンドデザインとはちょっと違って、ギターを前に出したいっていうのがあった。それこそ「BAD FEELING」やCOMPLEXの「2人のAnother Twilight」は、僕のカッティングの醍醐味ではあるんだけど、そろそろそのタイプの新しい曲を作らないといけないし。
EMTG:その狙いがハマって、かっこいいオープニングになったんだ。
布袋:少し前から思ってたんだけど、デジタル・レコーディングの在り方に、飽きてきている部分があって。みんな同じやり方で同じツールを使ってるから、なんか違うやり方をしないと音が抜けてこないと感じてた。iTunesなんかで聴くと、デジタルナイズされた音っていうのはみんな音がいいんだけどさ、どのバンドも匿名性というか、違いがわかりにくい。だから僕は絶対、自分のギターを前面に出すべきだっていうのを感じてた。それで今回は、ギターにしても ドラムサウンドにしても、エンジニアとは四苦八苦したね。
80’s、90’sのサウンド、たとえばパワー・ステーションなんて、キックの向こう側に長ーいトンネルがあって、そのトンネルの向こう側にマイクを置いて、そこで響いたエコーをゲートで切るっていう、気違いじみた実験から生まれていた。最近はデジタルになって全部プリセットになっちゃってるから、つまんないんですよね。今回はエンジニアと久々に苦労しようっていうことで、あんまりデジタルに頼らずにレコーディングの基本の「き」に帰ってやろうというか。だからやっぱりギターの音も含めて生々しい。同じレイヤーに重ならないというか。あとロンドンは電圧が240ボルトもあるでしょう。やっぱり明らかに違ったから。iPhoneなんてあっという間に充電出来るしね(笑)。
EMTG:ちなみに「Cutting Edge」のドラムは?
布袋:これは山木さん。山ちゃん(山木)は、僕がヒムロック(氷室)に誘われてBOΦWYに入ったとき、同じプロダクションにいて、山ちゃんのいた“マライア”っていうバンドとクリスマスパーティで一緒になった。そのときに山ちゃんに「ギターの若者、なかなかいいね! ずっと応援するから頑張んなさい」って言ってくれた人なんですよ。今回、久々にやったら、ほんとにすごいなって思ったのが、チューニングからスネアからセッティングからマイキングまで、あれだけの大御所なのに俺らよりも1時間早くスタジオに入って、全部自分でやって、曲によってはもう1回違うスネアで 叩かせてくれって言う。とにかく曲に合うまで、納得がいくまでやってくれて。そういうのを見てると、これだけの人がこれだけ頑張っているっていうところを、若いミュージシャン達に見せてあげたくなりましたよね。ここまで来てもやるのか、ここから先があるんだってこと。だから山ちゃんが叩いてくれた数曲は、本当に楽曲を何倍も豊かにしてくれてましたよね。

【取材・文:平山雄一】



関連記事

リリース情報

COME RAIN COME SHINE(初回盤)

COME RAIN COME SHINE(初回盤)

2013年02月06日

EMIミュージックジャパン

ディスク:1
1. Cutting Edge
2. 嵐が丘
3. Don’t Give Up!
4. Never Say Goodbye
5. Come Rain Come Shine
6. My Ordinary Days
7. Daisy
8. Higher
9. Stand Up
10. Rock’n Roll Revolution
11. Dream Again
12. Promise
ディスク:2
1. Don’t Give Up! (Music Video)
2. Promise (Music Video)

このアルバムを購入

お知らせ

■マイ検索ワード

松井秀喜
彼は僕の「BATTLE WITHOUT HONOR OR HUMANITY」で打席に入ってくれてたから、すごいショックで。ニューヨークのヤンキーススタジアムに見に行って、スタジアムで俺の曲がかかって、松井君が打席に入って行って、俺の方にちょっと帽子をこうやって挨拶して。前の日に一緒に飯を食いに行ったとき 「明日絶対に打ちますから!」って言ってたけど、結局大きな空振り三振。バッターボックスから戻るときに、俺に向かってすいません……って(笑)。
前の晩に初めて会って、「なんで僕の音楽にしたの?」って聞いたら、ヤンキーズの4番の松井君がですよ、「だって世界の布袋ですよ!?」って。「いやいや、世界の松井から世界の布袋って言われる筋合いはないよ」(笑)。隣に居た人が「何を2人で世界自慢をやってるの?」って。
一緒にクラプトン見に行ったときには、楽屋に連れて行ってクラプトンに紹介したんだけど、クラプトンはイギリス人だから野球にあんまり興味なくて。「GODZILLA」って言っても、全然気がつかなくて。でもクラプトンのバンドのドラムの人が完璧にヤンキース・ファンだったから、「オーマイゴッド!」って完全にサイン大会になっちゃった(笑)。
松井君は、もの静かで、すごいジェントルマンで、イチロー君みたいな華はないんだけど、美しい男。その彼のひとつの夢が終わったっていうのは、ショックでしたよ。今まで貴乃花もそうだったし、友人が現役を終わるっていうのは寂しいですよね。それこそニューヨークでライブをやるときは見に来てくださいっていう話をしてたから。

トップに戻る