レビュー
奥田民生 | 2013.11.14

奥田民生 『O.T. Come Home』
僕は『O.T. Come Home』を聴いて、5年前にリリースされたアルバム『Fantastic OT9』を思い出していた。特に『Fantastic OT9』の1曲目に入っていた「イナビカリ」のギターの音の最初の一撃は凄まじく、とうとう日本のギタリストとエンジニアリングがここまで来たかと感慨に浸ったものだ。そして『O.T. Come Home』の1曲目「フリー」のギターの音に、またしても震撼させられた。エッジが立っていて、まるでガイジンの不良が弾いているようなロックギターのサウンドに、今回のアルバムに賭ける奥田民生(以下OT)の気迫を感じて感動してしまった。さらには歌が始まると、それはまぎれもなくOTの世界で、ニヤリとするOTの顔が見えるようだった。
ひとりレコーディング・ツアー“ひとりカンタビレ”から生 まれた『OTRL』から3年。OTは、 『O.T. Come Home』を作り上げた。『OTRL』がライブハウスという特殊な状況でのレコーディングだったのに対して、『O.T. Come Home』 は郊外のスタジオにこもって制作された。その分、OTはいろんな楽器をひとりで自由に使えたりしたのだが、『O.T. Come Home』は決して『OTRL』へのリベンジではない。OTいわく、「『OTRL』をちゃんとやると、こうなるんだよ」。
『OTRL』には、密室化された現代のレコーディングを開示する意義があった。プロトゥールズなどのデジタル・レコーディング機器の向上は、下手な歌を上手くしたり、ずれたドラムを修整したり、それこそ“機械のような正確さ”をもたらした。なのでリスナーは、アーティストの実力以上の音楽をずっと聴かされ、不信を抱くと同時に、“変に上手い音楽”に飽き飽きすることになった。それを踏まえての、誤魔化しなし、正々堂々の公開ひとりレコーディングが『OTRL』だった。それは「レコーディングもいろいろ凸凹があって楽しいよ」というメッセージだった。凸凹の多いライブの楽しさを多くの人が理解している時代に向けた、OTの“本気の遊び”だったのだ。その凸凹にこそ、アーティストの人間性は刻み込まれる。
だから新作『O.T. Come Home』と『OTRL』は、1本の道でつながっている。公開か非公開かの違いはあるが、ひとり演奏によるレコーディングは確実に進化を遂げ、特にギターとドラムの音は、今リリースされている多くのCDと比べても他の追随を許さない。アルバムタイトルは、もちろん映画『E.T.』のパロディなのだが、OTにとっての“ホーム”はレコーディング・スタジオというわけだ。
そこで今回、スタジオで何が行なわれたのかをOTに聞いてみた。「“プロトゥールズ”の使い方が、ようやくわかった。もうアナログを回さなくても大丈夫」。
プロトゥールズの便利さゆえに均一化されてしまった音楽に、もう一度個性を復活させること。さらにプロトゥールズには、以前のアナログテープを使った録音よりも音質が落ちる弱点もあった。OTはそうした問題点を、今回解決できたと胸を張る。実際、『O.T. Come Home』から聴こえてくるサウンドは、OTが大好きな70年代の“ロック黄金時代”の音に引けを取らない。 OTのパブリック・イメージは “マイペース”とか“のんびり屋”という言われ方をするが、実は機材の選択や使用法については妥協を許さない“頑固者”なのだ。大傑作を作り上げたOTは、現在進行中のツアーのMCで 「これを聴いたミュージシャンが何人か引退したら、ごめん」とコメントしている。この絶大なる自信は、まんざらジョークではないだろう。
OTがPUFFYの15周年にあたって提供した名曲のセルフカバー「マイカントリーロード」や、カウベルを叩かせたら世界一と自負するOTの40代の締めくくりの歌「ぼくら」は、心底、胸に響く。
この連載“すばらしいひび”は、日々に聴いたら楽しい音楽を、平山雄一が厳選した新譜の中からリコメンドするもの。もちろん、OTの名曲からタイトルをいただいている。
そして、無表情でつるんとした音楽より、『O.T. Come Home』のように、ちょっとヒビが入ったものの方が面白いんじゃないのっていう提言の連載であります。
よろしく、乞うご期待!
【文:平山雄一】

リリース情報
O.T. Come Home
発売日: 2013年11月27日
価格: ¥ 2,914(本体)+税
レーベル: Ki/oon Music
収録曲
1. フリー
2. ちょっとにがい
3. マイカントリーロード
4. 一輪の車
5. 太陽の野郎
6. 息するように
7. チューイチューイトレイン
8. ぼくら
9. 風はどこから
10. 風は西から
11. フリーザー
12. かいあって
13. 拳を天につき上げろ (アルバム・ヴァージョン)

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