人生経験で培われた感性の源に眠る「愛」のかたち――西片梨帆、デビュー第一声
ゆびィンタビュー | 2020.09.26
PROFILE
西片梨帆
2015年に梨帆としての活動を始め、初めて作った曲で「出れんの!?サマソニ」に応募し、「SUMMER SONIC 2015」のステージに立つ。
2017年わずか20歳で1stミニアルバム『行けたら行くね』を全国リリースする。
2019年活動名義を西片梨帆に変更し、ソングライティングだけでなく執筆活動やデザインなど、幅広く活動をしている。1月12日に自身の書いた小説と音源 1st ZINE「夜の液体」を発売し、チケットはソールドアウトとなる。前作の「元カノの成分」は97万回再生され、その後も楽曲「忘れる」の弾き語り映像がたくさんの人の目に留まるなどして注目を集めている。
2020年1月14日に下北沢MOSAiCで行われた単独公演「白昼夢」では、1ヶ月前にチケットがソールドアウトとなる。
楽曲以外にも、舞台の脚本を手がけたり、自身の書いた小説をZINEにして販売、貸切本屋音楽ライブの企画など、彼女独特の活動スタイルで異彩を放っている。
- 最初に感想を言っちゃうんですが、久しぶりに自分の言葉で歌う代わりのいない人だと思いました。
西片
ありがとうございます(笑)。うれしいです。- いつ頃から曲作りをしようと思ったんですか?
西片
高校生のときに、ソニーミュージックのアーティスト養成講座「the LESSON」のオーディションに受かったんです。両親がもともとキマグレンが好きで「音霊」によく行ってたので、そこでいろんなアーティストを知って、ギター始めてみようかなと思ったのがきっかけですね。- いろんな人が出てましたけど、影響はありましたか?
西片
そこは自分の意思で見てたというよりお母さんに連れてってもらった感じなので、そこで“音楽”っていうものがあるんだなって知っていろんな人を見たっていう感じですね。そのあと自分で音楽をいろいろ調べて好きになったのが大森靖子さんと石崎ひゅーいさん。だからそのふたりにはすごく影響を受けましたね。- 自分の言葉でビビッドな表現をしてる人が好きだと自覚して?
西片
そうですね。自分の意思でやってる人に自然と惹かれていって。見てるとなんとなくわかるじゃないですか、「この人は自分の言葉で歌ってるな」とか。そういうのをひゅーいさんや大森さんを聴いたときに感じて。媚びないというか、自分のやりたいことが軸にあって動けてる人にあんまり出会えてなかったので。それで大森さんをよく撮られている二宮ユーキさんに――当時はレーベルも無所属で、大学生で音楽やってる感じだったんですけど、「元カノの成分」のミュージックビデオを撮ってくださいって自分でメールを送って。そしたら撮ってもらえることになって。西片
それまで消極的な活動だったんです。周りの人たちがどんどん活躍していくのを下のほうで見てたっていう自覚があって。でも二宮さんに「梨帆ちゃんが思ってるより周りの人は、梨帆ちゃんの活動や言葉に注目してるよ」って言われて、今年1月にちょっと勇気を出してワンマンライブ(@下北沢MOSAiC)をやったんですよ。そしたらチケットがすぐソールドアウトして。二宮さんに出会えたことも核になって、私にとってのキーパーソンだなっていうのはあります。- とはいえ西片さん自身が動かなかったら事態は変わっていないわけで。
西片
ずっと周りが前に進んで行くのを見てたからこそ、ひとりでフットワークが軽いから、企画とかで箱を押さえるのも自分ですぐ決めたりできて。自分がやってみたいことをやってみようっていうふうにシフトして、人に頼らなくてもできること、自分がファンの人に対して何を表現できるかということを考えて。それで本屋さんを貸切にしてライブをやったり、大学生のときにデザインを学んでたのでそれをZINEにして、小説や詩を書いたり。ミニマムだけどちゃんと心に届くようなものにしようと思いましたね。- どういう傾向の小説が好きなんですか?
西片
女の子が強い作品が好きなんですよ(笑)。小中学生、高校もそうなんですけど、学校にあまり馴染めなかったのがあって。女の子ってヒエラルキーじゃないけど、すごくかわいくて最先端の子ってクラスの中心にいるじゃないですか。自分はクラスメイトのことを観察するのが好きだったので、あんまりケンカしないようにとか(笑)、へらへらしてたんですけど。小説の世界では女の子の主人公が強くて自己を曲げないみたいな、現実世界は違うけど、それになりたい部分があって。なので歌うときは絶対に自分が強くありたいっていう意識がありますね。- 学校に馴染めなかったというのは?
西片
地元が千葉のニュータウンで、無機質な街並みで、温かみを感じられない場所で。中学は千葉の公立中学でいちばん頭のいいところで、塾に通ってるかどうかでまずカーストが決まったりとか、通ってる塾によっても決まったりとか。私、塾に通ってなかったので、そういう世界で育ったのもあって馴染めなかったのかもしれないんですけど、自分はずっとその街に違和感を感じてたんですよ。で、二十歳のときに東京に引っ越してきたんですけど、すごい息がしやすくなったというか、あの街が自分に合わなかったんだなと思って。この前、中学の友達に5年ぶりぐらいに再会したんですけど、「あの街、どう思ってる?」みたいなこと聞いたら、「普通に住みやすい街だよ」って言ってて。何年経っても違和感を感じてる人と、なかなか感じない人って完全に分かれるんだなって。でもあの街で「自分はマイノリティだ」って思いながら暮らしてたからこそ、歌を歌ってる、表現に向き合ってるっていうのもあるのかなと思って。最近は、改めて向き合ってみるために、また帰ってみようかなと思ってます。- どう感じるんでしょうね。
西片
でもやっぱり変だと思うのかなって(笑)。今、音楽を5年ぐらいやってて、音楽を通して出会った人たちと関わる機会とか、ライブハウスがいっぱいある下北沢とかもそうなんですけど、自分に合うんですよね。そこにいるときのほうが自分らしいし、今のこの青い髪も地元に帰ったら何か思われるかもだけど、別にそれをなんとも思わない人たち、なんか変であることを否定しない人たちと出会うことによって変わっていったのかなと思います。- ではデビュー作『彼女がいなければ孤独だった』について伺います。弾き語りに近い形でやってた人がプロのアレンジャーと仕事をすると、サウンドが大きくなって印象が変わることもあると思うんですが、ゴンドウさんのアレンジはそういうことがなくて、これは奇跡的だなと。
西片
そうですね。ゴンドウさんにお願いして良かったと思います。ただ私もメジャーで初めての作品ということで、アレンジで明らかに変わり過ぎるということを危惧してたところがあって。それは今までアレンジしてた曲であり、馴染みのある曲でもあるからこそ、すごくゴンドウさんに対しても――ゴンドウさんのアレンジは素晴らしかったんですけど、「もっとこうしたい」とかすごくいっぱい言ってしまって(笑)。年上で大先輩なんですけど、そこは「自分の作品だから言わなきゃ」と思いながらミックスやマスタリングまでやりとりを重ねていったので、ゴンドウさんも大変だったかなと(笑)。でもありがたかったです。- ゴンドウさんにアレンジをお願いした理由は?
西片
私が所属しているBETTER DAYSっていうレーベルの方がYMOをずっとやっていた方で、その関連でゴンドウさんが昔からの知り合いということで。候補の方が複数いたんですけど、ゴンドウさんがアレンジされた吉澤嘉代子さんの「残ってる」という曲を普段から聴いてたので、お願いしました。- 制作はどう進めていったんですか?
西片
3月に卒業して友人はみんな就職してるし、コロナ禍での制作だったので、ほんとに孤独な期間が続いてて。でも新しい人たちとの制作は、やっぱり先輩だし、気を遣うというか、私が心の中に持ってないといけないものがあって。なんか自宅でしか緩む時間がないような感じだったんですけど、この『彼女がいなければ孤独だった』っていうタイトルはファンの方の手紙の1文でもらった言葉で。「西片さんがいなければ私ずっと孤独でした」っていう言葉を覚えてて、今回メジャーということで、ファンの方に何か返せることがあればと思って、これがパッと浮かんでタイトルにしたんです。孤独な期間に私もその文章を見て、ファンの方がくれた言葉でもあるから、すごく救われたというか。- 既発曲をリアレンジした曲がほとんどなので、もともと書いたきっかけとリアレンジした印象をお聞きしたいです。まず「黒いエレキ」を書いたきっかけは?
西片
これは音楽を始めてすぐに書いた曲なんですけど、その当時、高校とか学校にはあまり馴染めない日々を過ごしてて。ライブハウスにいろんなきっかけで通うようになって。ライブハウスにいる人たちって、学校とかでは当然出会えないような雰囲気とか考え方を持ってる人が多くて、私はその世界にすごく惹かれたんですね。独特なオーラを出してるし、周りから理解されたいとは思ってない人たちがステージに立ったとき、すごいかっこよくて、綺麗だと思えたんですよ。ただ自分と話をしてるというか、自分のために歌を歌ってるというか。半径30cmぐらいの世界でも自分がやりたいからやるというか。それは社会人でも自分がただ好きで、やりたいからやってるか、地位や名誉が欲しくてやってるか、とか、どっちもいいとか悪いとかではなく、それぞれの道で、分かれるじゃないですか、人の生き方って。自分は音楽をやるにせよやらないにせよどっちに行くのかなって考えたときに、ライブハウスにいる人たちみたいになりたいなと思って書きました。- 次は西片さんのアーティストとしての節目になったという「片瀬」ですが、これはフィールドレコーディングというか、いろいろな友達がワイワイしてる声も入ってて面白いです。
西片
それも私が入れたいってゴンドウさんに相談しました。さっき言ったみたいに自分を出せない期間が長く続いてて、例えば天気予報が雨なら傘を持って行かなきゃとか、夏だから半袖着なきゃとか、当たり前のことがあまりできなかったんです。それが東京に引っ越してからだんだんできるようになって、たぶん今まで緊張してたものが解けたみたいな感覚があったと思うんですよね。好きな人と江ノ島に行ったときに、それまで自然を見ても何も感じられなかったんですけど、初めて「海って綺麗だな」と思えて、それがすごくうれしかったんですよ。その好きな人は子どものまま大人になったみたいな人で、綺麗なものは綺麗って言うし、すごく素直だったり言葉に対して純粋なので、もちろんその人の影響もあるんですけど、それがすごくうれしくて、「片瀬」って曲を書いて。- 初めての気づきが基になってるんですね。
西片
で、そのとき友人が会社を辞めて、心の病にかかってしまって、自宅療養をしてるって聞いて。彼氏と一緒に住んでて、彼氏が買ってくる1本の花をなんでもない空き瓶とかに生けて飾るのが楽しみだっていうのを聞いたんですけど、そのことが今までの自分と重なったし、すごくわかるなと思ったんです。なので今までの自分自身と、その女の子に捧げた曲で、あとファンの方に向けても作ったところがあって。なのですごく大事にアレンジしたかったんです。言葉が淡々としてるところはなるべく言葉を聴かせるようにしたり、「それまで自分自身と話してたけど、初めて人と会話できた気がした」という気づきを入れたいっていう思いがあったから、女の子たちの声を入れたり。最初に心臓の音も入ってるんですけど、これは初めて生きてる実感があったからで、「そういう音を入れたいです」って相談して入れました。- そして、多くのリスナーが最初に西片さんに出会った曲であろう「元カノの成分」。この曲、ほんとに時系列で進んでいくので聴いていてリアルに感情移入できるんですよ。
西片
わりとこの曲をピックアップされることが多いんですけど、自分の中では聴かれるようになったのは偶然だと思ってるので、これは最後にくるのがいいなと思って。これは“梨帆”名義のときに『行けたら行くね』っていうミニアルバムを出したんです。曲の締め切りがあって、でも全然出来なくて。そのとき、燃え殻さんという小説家さんのコラムを見たんですよ。「元カノの成分で男はできてる」という一文を読んで、面白いなと思って楽しみながら書いたのがこの曲なんです。いい意味で息抜きという感じで書いたので、こんなに聴かれるなんて自分でも驚きなんですけど、そうやって聴かれることはありがたいし、今は書かないようなキャッチーな曲なので、こういう曲で出会ってもらって「片瀬」や「23:13」のような心の中で思ってる曲を聴いてもらえるといいなと思ってます。- この作品を世に出して今後どんな表現をしていくのか、すごく興味があります。
西片
やっぱり自分がワクワクするほうに行きたいと思ってて。デザインやZINEも自分が何やったらいちばん面白いかなと思って選んでるんですけど、いつも音楽に戻ってくるのもそれこそ面白いからで。なので音楽を通して、なるべく自分の世界でこれからもやっていきたいという思いが強いです。大きい会場でやることより自分を確立させたいし、自分と戦いたい。今回バンドでやったのも何年ぶりとかだったので、もっとバンドメンバーと向き合ったらいい音が鳴らせると思うし、グルーヴ感やライブ感も出せると思うんです。レーベルに入っていろんなことができるようになったので、時間はかかってしまうかもしれないですけど、より自分らしさを確立させていきたいですね。
【取材・文:石角友香】
西片梨帆 / 嫉妬しろよ Music Video
関連記事
-
ゆびィンタビュー
なきごとが待望のミニアルバムをリリース! バンドの飛躍が期待される新作『黄昏STARSHIP』は、どのような構想で生まれたのか。ロングインタビューで迫る!
-
ゆびィンタビュー
-
ゆびィンタビュー
-
ゆびィンタビュー
-
ゆびィンタビュー
-
ゆびィンタビュー
3ピースバンド・ankが約2年半ぶりとなるアルバムをリリース! 新作『いききっちゃおうぜ』に込めた思い、バンドのゆるぎない精神性について迫ったロングインタビュー!
-
ゆびィンタビュー
SAKANAMON待望の新作は、これまでの作品でも磨きをかけてきた「言葉遊び」と「音楽」をコンセプトにした、その名もずばり『ことばとおんがく』! 藤森元生(Vo/Gt)ロングインタビューで解き明かす!
-
ゆびィンタビュー
そこに鳴る、待望の1stフルアルバム『超越』。本人も“ベストアルバム”と語った意欲作について、これまで発表してきた5枚のミニアルバムを振り返りながら、その到達点を解き明かしたロングインタビュー!
-
ゆびィンタビュー
-
ゆびィンタビュー
約2年振りのミニアルバム『Pabulum』をリリースした、名古屋発の4ピースバンド・SideChest。彼らの変化も感じられるような革新的な一枚となった今作について、メンバー全員に話を訊いた。
リリース情報
彼女がいなければ孤独だった
2020年09月23日
BETTER DAYS
02.リリー
03.片瀬
04.嫉妬しろよ
05.23:13
06.元カノの成分
お知らせ
梅干しサワー 作り方
梅干しサワーがめちゃくちゃ好きなんですよ。居酒屋とかで、たまに梅が入ったやつが出てくるじゃないですか。あの果肉みたいなのを潰して食べるのがすごい好きで。今コロナだし、あんまり友達もいないんですけど、居酒屋でしか飲めないから「家で作れたらいいな」と思って、どうやって作るのかを検索してました。キンミヤとかいい焼酎を使うとよりおいしくなったりするみたいなんですけど、全部揃えようとすると高くなっちゃうし、梅干しも結構高かったりするじゃないですか。だからやっぱり友達誘って居酒屋行くしかないかなと。居酒屋行くときは4杯くらいは飲みますね。お酒って必要がないものなので(笑)、家だとあんまり飲まないんですけど、やっぱり友達と会うと打ち上げたくなっちゃいますね。