「穏やかな日々を過ごすための5曲」(森朋之 選曲)
おうちで音楽を楽しもう | 2020.04.24
2020年4月24日 UPDATE
森朋之 選曲
テーマ「穏やかな日々を過ごすための5曲」
虚実ないまぜになった情報の渦のなかで、ひたすら不安と怖さが押し寄せる。そんな日々を少しでも穏やかに過ごすための5曲をセレクトしました。挙げさせてもらったのはいずれも、(音楽的にもアティチュードも)しっかりと自律しているアーティストの楽曲ばかり。先行き不透明な世界において、本当の意味で穏やかに暮らすために必要なのは、現状をしっかり見据える勇気、できるだけ正確な判断をする理性、そして、“どんなことがあっても生きていく”という意思だと信じます。
キリンジ「エイリアンズ」
秦基博、ハナレグミ、鈴木雅之、Awesome City Club、のんなど数多くのアーティストがカバーしたことでも知られる(2016年には星野源も『星野源のオールナイトニッポン』でカバー)「エイリアンズ」。キリンジの傑作『3』(2000年)に収録された名バラードだ。 洗練の極みと称したくなるコード進行、シンプルな4リズム(ドラム、ベース、ギター、鍵盤)で構成された珠玉のアレンジ、憂いと品の良さを兼ね備えたメロディ、そして、夜の街に佇む二人の姿を“エイリアンズ”(異邦人、異星人)に例えた歌詞。そこからじんわりと伝わってくるのは、どこにも馴染めないという孤独と“それでも愛する人と共にいたい”という切実な思い。大切な人に会えないときはぜひ、「エイリアンズ」の官能的なメランコリアに浸ってほしい。(堀込泰行は2017年に「エイリアンズ」のセルフカバー「エイリアンズ(Lovers Version)」をYASUYUKI HORIGOME & THE NEW SHOES名義で発表。こちらもおすすめ)
おおはた雄一「かすかな光」
オーセンティックなフォーク、ブルースに根差したサウンド、日常のなかで生まれるかけがえのない感情をリリカルに綴った歌。決して派手さはないものの、心ある音楽ファンを魅了し続けるおおはた雄一の「かすかな光」は、彼の真骨頂とも言えるオーガニックな音響とゆったりと語り掛けるようなボーカルがひとつになったミディアムバラードだ。別れの切ない瞬間を描いた曲だが、<かすかな光 集めては/こころの底を 照らした>というフレーズは、孤独を感じているすべての人の心に深い感動を与えてくれるはず。この曲が収められたアルバム『光を描く人』は、ノラ・ジョーンズやジュエルとの仕事で知られるジェシー・ハリスがプロデューサーとして参加した、NY録音。生楽器の響きを活かしたサウンドメイク、気の置けない仲間とのリラックスした、そして、高い技術に裏打ちされた演奏も素晴らしい。
テニスコーツ「Baibaba Bimba」
さや、植野隆司によるユニット、テニスコーツの「Baibaba Bimba」は、世界的映像作家ヴィンセント・ムーンを中心としたプロジェクト“TAKE AWAY SHOWS”で映像化されたことで世界的な知名度を得た(しかし、なぜか日本ではそんなに話題にならなかった)楽曲。
まずはぜひ、2010年の春に撮影されたこの映像を観てほしい。東京の街のなかを、アコースティックギター、鍵盤ハーモニカを演奏し、歌いながら歩くふたりの姿がとにかく切なく、愛おしい。この1年後には3.11があり、10年後にこんな状況になろうとは、誰が想像できただろうか……という筆者の思いとはまったく関係なく、この楽曲の普遍的としか言いようがない美しさをゆったり味わってほしいと思う。
テニスコーツは今年4月に新曲「さべつとキャベツ」を発表。ここだけの話、私はこの曲を今年3月下旬、都内で行われたライブで聴いたのだが、はっきりとした怒りの表明に強く共感した。なにかせねば。
寺尾紗穂「楕円の夢」
<明るい道と暗い道/おんなじひとつの道だった>。この一節を耳にするたびにハッとさせられ、少しだけ救われた気持ちになる。
著書「原発労働者」「彗星の孤独」など、文筆家としても知られるシンガーソングライター、寺尾紗穂の「楕円の夢」。中心がひとつしかない円とは異なり、ふたつの焦点を持つ楕円は、意見や価値観の違い、矛盾や葛藤、曖昧さを抱えたまま存在しているものーーもちろん、人間もそうだーーの象徴。一人ひとりの意志や思いを大切にしながら生きていきたいと、この曲を聴き返すたびに思う。
オーガニックなサウンド、エキゾチックな響きのホーンなど、音楽的な趣きもたっぷり。すべての軸になっているのは、素朴さと洗練を持ち合わせた歌詞、そして、言葉を手渡すようなボーカルだ。MVに登場する路上生活者および元・路上生活者で構成されるダンスカンパニー“ソケリッサ!”のメンバーによる舞踏にもぜひ注目してほしい。
矢野顕子+PAT METHENY「PRAYER」
矢野顕子の初めてのピアノ弾き語りアルバム「SUPER FOLK SONG」(1992年)。ファンの間でも傑作と名高い本作の最後に収録されている「PRAYER」は、世界的ジャズギタリスト、パット・メセニーが書き下ろしたメロディに矢野が歌詞を付けた楽曲。祈りにも似た深遠なメロディ、溢れんばかりの叙情性をたたえたピアノ、すべての悲しみを包み込むようなボーカルが溶け合うこの曲は、矢野顕子のキャリアを象徴する名曲のひとつだ。<あなたが 今日も 明日も いつまでも/愛に包まれているように>というフレーズは、愛の本質そのものであり、今の世界にもっとも大切なものだと思う。
ここで紹介するバージョンは、映画『すーちゃん まいちゃん さわ子さん』(2013年)の挿入歌に起用された際、新たにレコーディングされたもの。MVには主演の柴咲コウが出演し、ジャンルを超えた“共演”が実現している。
(プロフィール)
森朋之
1998年から音楽ライターとして活動。J-POPを中心に幅広いジャンルでインタビュー、執筆を行っている。主な寄稿先に『Real Sound』『音楽ナタリー』『Fanplus Music』など。