テーマ「“家で深酒した夜に誰かに会いたくなる”5曲」(三宅正一 選曲)

おうちで音楽を楽しもう | 2020.11.13

2020年11月13日 UPDATE

三宅正一 選曲
テーマ「“家で深酒した夜に誰かに会いたくなる”5曲」

 手洗い、うがい、マスク。通年にわたってインフルエンザの流行期、みたいな日常の風景に何も違和感を覚えなくなった今。そのことに切なさを感じているのか、あるいは対面の取材や外食、いくつかのライブ会場に行くことができるようになった現状に小さな希望を感じているのか、自分でも判然としない日々を送っています。いや、どちらにせよなるべく楽しいことをたくさん想像したいし、実行しようと思っています。自粛期間中、家で深酒をしながら聴いていた音楽を振り返ってみました。

Giorgio Blaise Givvn & BIM「会える日がCOOL」

 ヒップホップシーンにおいて、目覚ましい活躍と存在感を示しているBIMと、もともとはラッパーであり近年は謎の覆面アーティストとしてカルト的な求心力を誇るQiezi Maboのプロデュースや、最近では藤井風の新曲「へでもねーよ」のアートワークの総指揮なども手がけたGiorgio Blaise Givvnのコラボレーションが実現した1曲。2年余り前に発表された楽曲だが、未だ音源化されていないので、YouTube上の公式MVを観るしかない。会えない日々が、これからそれなりに長い時間にわたっておとずれるという物語の像を、どこまでもノスタルジックかつそこはかとなくロマンティックなビートに乗せて2人はそのラップで描いていく。<知らないことばっかり みんながダサすぎるから 俺いなくなる 最悪 だけど 最高 また会える日がCOOL>というGivvnのヴァースに感嘆し、思わず咳き込んでしまう。

ビリー・アイリッシュ「my future」

 実兄であるフィネアス・オコネルがプロデュースするトラックは、彼女、ビリー・アイリッシュにとってきっと御守りのような存在でもあるのだろう。ポスト・ダブステップやトラップ以降のベースミュージックのダークネスを、あまりに美しく、ぶっとく、重く昇華したビート。そんなビートを擁した音楽が、時代の暗部を照らしながら躍動するポップミュージックとして、当時17歳の彼女を一躍強大なスターダムに押し上げてから、ずいぶん長い時間が経ったような気がする。しかし、1stアルバム『When We All Fall Asleep, Where Do We Go?』がリリースされたのは2019年3月だし、グラミーで主要4部門を独占したのも2020年の出来事なのだから、終末の先のような様相を見せているこの世界のポップカルチャーにおいて、彼女がいかに重要な求心力を発揮し続けているのかを実感する。そして、7月に発表された新曲「my future」は至極個人的で、そのサウンドデザインもソングライティングも徹底的に“必要な要素、存在だけ”を集めた、オールディーズのような感触さえ覚えるバラードだった。彼女はこのパーソナルなラブソングを通して、静かに未来を見つめている。

ペトロールズ「インサイダー」

 この音楽は引き算の美学を重んじ、過不足ないアンサンブルで構築されたグルーヴィーなポップスであると感知すると同時に、どの国のどの時代のポップミュージックとも符号しないというフレッシュな聴き応えに喜び浸れる。ペトロールズのフロントマン、長岡亮介のルーツにはカントリーとブルーグラスがあり、そこからソウルやファンクに接近し、ある一時ロックも通過した結果、記号性から解き放たれた音楽性にたどり着いたという変遷もこの絶妙なポップバランスやリスナーとの距離感に影響しているのかもしれない。ベースの三浦淳悟とドラムの河村俊秀が担うリズムのアプローチはファンクを筆頭にあきらかにブラックミュージックから派生しているが、それだけにとらわれない奥行きと行間、揺らぎがある。そこに長岡の独創性しかない歌メロやギターフレーズが、夜の帳が下がった空間でひとりの男が官能に身を任せる直前の瞬間や曇りなき純情を愛らしい叙情で照らす筆致で描かれたリリックを引き連れて、躍動する。この時代にあって、ストリーミングで聴ける音源やMVがほとんど存在していないペトロールズだが、2009年に公開されたこの公式ライブ映像で上述した“どの国のどの時代のポップミュージックとも符号しないというフレッシュな聴き応え”を感じてもらえると思う。

チャイルディッシュ・ガンビーノ「Feels Like Summer」

 まさに緊急事態宣言の最中、家で深酒しながら浴びるように聴いていたのが、チャイルディッシュ・ガンビーノのニューアルバム『3.15.20』だった。一旦は2020年3月15日にリリースされたものの、12時間で配信をストップし、その後、3月22日にあらためて正式発表されたこのアルバム。すべてが彼からの問いかけのようでいて、その答え自体を本人も用意していないような構成と内容は、今まさにこの世界に放たれていくポップミュージックの実像そのものであるとも思えた。一聴したときに全体像から感じる派手さはない。聴けば聴くほどその深奥に引きずり込まれる作品だ。トレンドのサウンドプロダクションとは一定の距離を置き、ファンクとゴスペルを主体に、ときにインディポップ的な意匠に寄ってもいく本作に通底している重さと暗晦、静謐さ、あるいは2018年の夏にリリースしていた「42:26(Feel Like Summer)」の顕著な軽薄さとは真逆にある軽やかさ、そしてラストの「53:49」に待っている夜明けを見るような高揚感。すべてがとてつもなく切実に響いてくる。2020年11月現在も。

Yogee New Waves「Bluemin’ Days」

 Yogee New Wavesのメジャーデビュー作となった3rd EP「SPRING CAVE e.p.」(2018年3月リリース)のリード曲。バンドのフロントマンである角舘健悟が持っているブルーのリリシズムが大きく翼を広げるようにして、あるいはまさにいくつものつぼみが咲き誇るようにして、その旋律と歌詞によって形象化されたサビのフレーズが、本当にたまらない。
<花束をあげよう 見てるきみに 花束をあげよう 踊るきみに 花束をあげよう 眠るきみに 花束をあげよう 輝く日々に>
このバンドが持っている、理想郷を追い求めることを理想論のまま終わらせないヒューマニズムに富んだ音楽力とポップネスはかつて、東京のインディシーンを照らす灯台となった。そして、この「Bluemin’Days」という曲は、その灯台から放たれる光が、大衆に届くべきものであるということを証明している。あなたが好き、と唱えたときに浮かび上がる情感のミクロもマクロも満たす、本当の意味で普遍的なラブソングをバンドサウンドで響かせるということ。その理想的な1曲。

(プロフィール)
三宅正一
東京都出身。カルチャー誌「SWITCH」「EYESCREAM」の編集を経て独立。現在はライター、アーティストマネージメント、音楽レーベルの運営などを行っている。

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