「心のこわばりを溶かす5曲」(石角友香 選曲)
おうちで音楽を楽しもう | 2020.05.08
2020年5月8日 UPDATE
石角友香 選曲
テーマ「心のこわばりを溶かす5曲」
新型コロナウイルス感染拡大防止のために緊急事態宣言が出されてから、自分や周りの人、そして見も知らぬ誰かのことを思い、お篭り生活をしている人も多いと思う。昼間は何かと新しいことをやってみたり、暇つぶしを楽しめても、夜になると不安が押し寄せてきたり、実際、不眠気味の人も多いかもしれない。そこで、もういっそ眠れないなら、しんどい気分を涙と一緒に吐き出させてくれる曲を聴くのはどうだろうか。弱ってる気持ちを肯定する言葉や音を持つ曲を選んでみた。
SHE’S「Letter」
「あつまれ どうぶつの森 × Nintendo Switch Lite」のCMで、デジタルリリースから時間が空いたにも関わらず、今やバンドの代表曲的な立ち位置になりつつあるこの曲。ピアノバラードというには大袈裟な部分は皆無で、生バンドのアンサンブル・メインでありつつ、非常に一音一音が繊細で演奏のタッチやロングトーンに気が配られている。社会人として大人として気を張って外で過ごし、帰宅した自分に「どうだった? 大丈夫?」と声をかける歌い始めは、まるでリスナーである自分にかけられている感覚に陥るのだ。サビの<僕らは大切な人から順番に 傷つけてしまっては 後悔を重ねていく>というラインに自己投影できる流れができている。非常に内省的だ。ただ俯くだけじゃない。それは、サビがファルセットで歌われていることによって、静かに後悔に向き合い肯定する心の準備ができるアレンジの力が大きいのではないだろうか。
ラスサビでほんの少し高音に転調することで、力強さを感じ取れるのもさりげない。
TENDRE「hanashi」
都会的、マルチプレーヤー、ニュージャズ以降のアカデミックな素養。そうした背景も何もかもまるっと飲み込んで、TENDRE=河原太朗が今の時代のシンガーソングライターであることは今や自明だろう。どんどん核心に迫るリリックを綴るようになってきた彼のレパートリーの中でも、今、ここで話がしたい――それはここで出会ったことが必然だから。そしてそれは大袈裟なことじゃないという歌詞は、ちょっとした驚きだった。その自然で素直な心の動きが、1人で重ねた少し後ろにずれる感じのビートや、フワッと鳴ったり、途切れがちな言葉のようなエレピが言葉以上に雄弁に表現する。まぁ、現実には誰とでも話せないからこそ滲み入る曲なのだけれども(それは今の状況じゃなくても)。
PAELLAS「Weight」
残念ながら解散してしまったけれど、PAELLASの中でもスムースなソウルを現代的な解釈で消化したこの曲の温かさは、永遠に眠れない夜のお守りであると思う。選び抜かれた3リズム。BPMも焦りをなだめるようにすごくゆったりしている。ボーカルで歌詞を書いているMATTONは都会的というより、人混みからは隔絶された場所で、1対1で静かに会話しているようなシチュエーションだと説明していたが、だからこの歌にはパーソナルで嘘のない言葉しかない。励ましとか、なぐさめではなく、ただ僕はこういうつもり――描かれている2人の細かいシチュエーションは完全には理解できない。でも、ほんの少しの“おもし(Weight)”が毛布のように安堵をくれる、そんな曲。
折坂悠太「トーチ」
そもそもこの曲は折坂が「折坂悠太のツーと言えばカー2019」に参加したゲストアーティストの1人、butajiと共作した曲。もう毎年だけど、去年の台風などの自然災害を題材にして書かれた曲だ。住まいが破壊されるという具体的な落胆もある。はぐれたどこかの子どもが話す言語がわからないという、壁を感じる戸惑いもある。でもそんな悲惨な夜に笑っているお前、複雑な思いに囚われている自分。でもおそらくこの2人は終わりのその先へ歩いていくのだろう、と想像する。謡のような朴訥としたおよそエゴを感じない折坂の声はいつも通りだが、フォーキーで流れるようなこの曲では普段より素直な歌唱だ。butajiは台風が過ぎ去ったある日、「これは次が来たんだな、人の力ではどうしようもない次があるんだな」と言ったと、折坂はこの春、リリースするにあたってコメントしている。受け入れ難いことも、起こる時は起こる。この先をどう生きるか、静かに考えさせてくれる曲だ。
くるり「HOW TO GO」
過去の楽曲を再解釈した『songline』収録の「その線は水平線」は「HOW TO GO」の曲構造に近しく、歌詞も柔らかいので、「~水平線」もいいかと思ったが、敢えてのこの途轍もなく荒凉とし、重量感たっぷりなこちらをお勧めしたい。相当な力をかけないと進まないような重いギア感。グランジを乾かして、言葉の意味通りのハードなロックにして、しかもスライドギターはどこかアメリカンロック調。ものすごくゆっくり進む機関車みたいだ。そして永遠に終わらないようなアウトロのリフレイン。メッセージ云々より、演奏の集中力と具体的な音像が「HOW TO GO」=どのように行くべきか、答えのない中、それでもじりじり進む意思を体感として伝える。些細な悲しさじゃなく、相当な胆力が必要な時、常に思い出す曲だ。ちなみにアルバム『アンテナ』のバージョンはクリストファー・マグワイアがドラムを叩いているが、シングルでは岸田の打ち込み。個人的にはシングルバージョンがより切実に聴こえて時々引っ張り出しては聴いている。癒しの対極かもしれないが、前を向ける曲。
(プロフィール)
石角友香
フリーの音楽ライター。情報誌の音楽担当を経てフリーへ。フックがあれば洋邦、時代問わず聴きます、書きます。最近、アジアのフェスにハマり中。香港、タイ……今年も行けますように(願)。